04
すぅ、と寝息が聴こえる。
あれから薬を飲ませて、熱冷ましシートを張り替えて、汗でジメジメと湿った服を着せ替えて……と一連の作業を終えた後、すぐに寝てしまった。まるで、張り詰めた神経がぷつりと切れたかのように。
何て甲斐甲斐しくて出来た人間なんだろう俺、と七瀬は自分で自分を褒めて……寒いと自分が思ったことに対して突っ込みを入れる。
瀕死の重傷の怪我人だったとはいえ、顔も名前も知らない人間を拾うような人間っているのだろうか。きっといるなら、自分みたいな物好きな奴だろう。そう簡単にはいないだろうと、七瀬は彼の寝顔を見ながらしみじみと思った。
ママ、飼って良い? とか犬猫を拾いましたって次元の話と一緒になっているからだ。但し、人間なんか拾って帰ったものなら、間違いなく普通の《ママ》なら卒倒してもおかしくない。
時折苦しげに顔を歪めている。だがそれ以外では、先刻までの警戒心剥き出しの様子と打って変わって寝顔は警戒心なんて微塵もなさげな幼子のよう。
「さて、と」
すくり、と音を立てないよう気をつけながら立ち上がる。
向かう先はパソコンデスク。当然のことながらデスクの上にはデスクトップ型のパソコンが置いてあった。
椅子に座りパソコンの電源を押す。暫くの間パソコンが起動するための音がした。
慣れた手つきで画面を操作し、カタカタと物凄い速さでキーボードを叩く。タイピングはお手の物だ。
ブラインドタッチ出来なきゃ全く仕事になんない。
この頭と目、手。そして、情報通信機器。そして、情報を選別する判断力。どれを欠かしても、仕事にならない。だから、ブラインドタッチでキーボード入力するのは、もう既に商売道具と同じだ。
「――ん?」
時間でいえば数十分、いや数分だったのかもしれない。時計を見ていないから分からないが、暫くキーボードを叩いていたのは確かだった。
集中しているとすぐ時間の感覚が薄れてしまう。
画面上に浮かび上がるは、情報掲示板。
昨今の情報社会では、インターネットさえあればかなりの情報が収集出来るのだ。それが他愛もない情報から、知っては危ない情報等も何でもござれ。ごった煮と云えば良いだろうか。
ある意味、インターネット様だ。
但し、情報も有用にかつ悪意なく活用しなければ、犯罪者にもなりかねない。下手にやれば、確実に警察へと御用。牢屋やら刑務所やら裁判所やらと、お先真っ暗闇の街道まっしぐらだ。
七瀬の場合、真っ黒に近いほどの、危ない綱渡りをしているような立場だった。捕まったら、終わりだ。
情報屋なんて、そんなものだ。
情報というネタを集めて、売り買いする。余程のことがなければ、ネタの価値に見合った金さえ積めば簡単に売る。
人を救うこともあるが、八割方人に恨まれることはあれど、感謝されることは殆どない。
医者は表の顔だ。
「まっ、んなヘマ誰がするかっての」
ニヤリ。不敵な笑みが思わず漏れずにはいられなかった。過去の業績からくる、確固たる自信と実力。
投稿型掲示板は良いネタの宝庫だ。
マウスでカチカチとクリックして、画面をスクロールする途中で手が止まる。余裕綽綽としていた七瀬の顔付きが、徐々に固く険しい様子へと変わった。
「……は? どういうことだ」
途中で手を止めて自然と呟いていた言葉は、それしか出て来なかった。いつもの如く興味半分で適当にネタを調べていただけだった。
画面を凝視する。
掲示板の情報だけじゃ、確固たるソースは不明だ。調べて、また調べて、裏を取るのが、プロである自分の仕事だ。
曖昧なソースは、自分の首を締める。かなりヤバい情報の場合は、尚更危険性が増す。
『アーガイルが壊滅したらしいけど、本当?』
掲示板の匿名投稿者の言葉。
それは、爆弾発言に等しいものだった。
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