The die is cast.
Precious days.




 オフィスの扉を開くと同時に、思わず苦笑を漏らしてしまった。

 常時稼動している隊長のパソコンが発する淡い光だけがぼんやりと浮かぶオフィスは、そろそろ日付も変わる頃とあって、シンと静まり返っている。
 パソコンが発する起動音の中に、静かな寝息が混じっている。扉を開いた時からそれに気付いていた高山は、暗いオフィスに明かりを灯すのをやめた。
 電灯のスイッチをオンにすることもなくそこから手を離し、足元も見えないオフィスの中へと進んでいく。

 室内に島を作るように向かい合って並んだ十二卓のデスク。
 高山のデスクは、入口からは遠い部屋の奥にある。
 その正面では、年下の上司がデスクに突っ伏して静かに眠りに落ちていた。

 自分のデスクに向かう前にロッカーから上着を取って、それを上司の肩に掛けてやる。
 一瞬だけ触れた肩は、相変わらずあまり厚くはない。精鋭部隊の隊長だというのに、その身体は軍人としては細い方だ。

 そういえば、初めて会った時から、ほとんど体格が変わっていない。肩どころか、腰も細いし、手首だって。
 思わず凝視していたことに気付き、息を吐き出してから彼から離れる。
 自分のデスクに着き、パソコンを起動させる。その間も、上司が目を覚ます気配は無かった。




 今夜の夜勤のメンバーは、関と木立だ。今頃、UC館の巡回と周辺警戒に当たっているだろう。
 高山は、後方支援のメンバーたちと共に朝から調査に出向いていた。
 未だに各地に散らばったまま放置されているUCの収集も、結成されて半年しか経っていない精鋭部隊の役目だ。
 収集に行った先で、反UC派との交戦があることも多い。だからこそ、精鋭部隊が任を請け負う。
 大半の「危険な任務」を任されるのが、この出来立てのチームの役割でもある。



 一日中の収集作業に疲れきった他のメンバーを先に休ませ、高山は報告書の作成をすることにした。明日に回すことも出来るが、今すぐ片付けてしまった方が後々楽だからだ。
 そうして夜も充分に深まった頃にオフィスにやってきたのだが、想像していたとおり、我がチームの隊長は、今夜も長時間の残業に追われていたようだ。
 デスクを挟んで向かい側で眠る上司の気配を感じながら、早々に報告書を作り上げていく。
 カタカタとキーを打つ音で上司が起きてしまうかと懸念したが、すっかり眠り込んでしまっているらしい。微動だにしない。






 軍内のエリートばかりを選んで構成される最前線部隊『ファースト・フォース』が結成されてから、半年が経った。

 隊長の手腕のおかげか、それとも精鋭ばかりが集められたからか、その滑り出しは良好。すぐに功績を上げ、既に国民にも支持される優秀な『戦闘集団』という立場を確立している。


 戦闘集団のリーダーである『隊長』が発表されたのは、結成の二ヶ月前だ。

 既にその頃には恒例となっていた五部隊合同での訓練の終わりに、突如発表され、周囲は騒然とした。
 選ばれた当の本人も、事前の連絡が無かったらしく、彼にしては珍しくきょとんとした表情をしていた。
 そしてその翌日、その『隊長』自らに、高山が『副隊長』に選ばれたことを告げられた。
 それから続々と、残り十人のメンバーが発表されていき、そして結成に至る。


 高山が心底驚いたのは、自分が副隊長に選ばれたことだった。
 自分が補佐をするポジションに向いているとは思っていなかったし、そもそも、自分がこれから補佐をする相手である『隊長』があまりにも優秀すぎるからだ。
 自分が、彼を補佐する姿など、まったく想像が出来ない。

 正直に言えば任務を開始して半年経った今でも、そのイメージは浮かばない。この隊長は、大体のことは自分で為せるからだ。補佐など、必要ない。
 よって自分は自分の任務に集中できるのだが、それはあまりにも……





 考え事をしながら文字を打ち込んでいたせいか、誤字が多い。
 息を吐き出して、窓の向こうに目を遣った。紺色の空に、たった一つ、白い月だけが浮かんでいる。片付けを忘れられたおもちゃのように、ぽつんと所在無げだ。


 このオフィスの窓からは、綺麗に空が見える。
 基地の周りには背の高い木々が生い茂ってはいるが、ちょうど良くポッカリと隙間が出来ていて、そこから空が覗いているのだ。


 うちの上司が、空を眺めている姿をよく見る。何も言わずにじっと見つめる姿は、目を奪われているようにも思える。
 精鋭部隊の隊長に任命されてからの彼は、一層鋭い空気を纏うようになった。
 常に最善の策を考え、そして行動する。シンプルでいて最も難しい所業だ。
 彼が隊長に選ばれた最大の決め手ではあるが、その性格が、彼を追い詰めているのではないのだろうかと、時折不安になる。


 彼は、頼らない。
 自分で出来るなら、すべて自分で為してしまう。
 頼り甲斐のある完璧な上司ではあるが、けれど、高山にはそれが辛いと思えてしまうことがある。
 それは、自分が彼の補佐として彼の負担を減らさなければいけないという使命感もあるが、それだけではない。
 個人的に、彼を気に入っている。だからこそ、頼られないのが辛いとも思うのだ。


「……っ……」

 不意に、彼の寝息が途切れた。
 ふと我に返って視線を前方へと向けると、ゆっくりと体を起こすのが見える。
 肩から高山の上着がずり落ちるのを緩慢な動作で押さえた彼は、ぼんやりとした目でこちらへと顔を向けてきた。

「部屋で寝た方がいいぞ」

 静かにそう言えば、暫し黙った彼は首を小さく横に振る。

「まだする事がある」

 寝起きの、少しだけ掠れた声だった。いつも凛とした彼らしくない、どこか色気すら含んだ声に、肌がぞわりと粟立つのを感じる。
 一呼吸を置いて平静さをすぐに取り戻してから、作り上げた文書のデータを保存した。その間に彼は腕を頭の上に伸ばし、固まった体を解している。

「明日にしよう。明日なら、俺も手伝う」
「……あと少しで終わる」
「じゃあ、今手伝う」

 言って顔を上げると、パソコン越しに目が合った。細められた目は真っ直ぐにこちらを見つめ、それからゆっくりと画面へと下げられていく。

「疲れてるだろ。高山こそ、部屋で休んだ方がいい」

 話を逸らすように静かに言って、キーを叩き始める。その音は何度も突っ掛かって止まり、ぎこちない。やはり寝起きで上手く頭が働いていないらしい。
 それでも黙々と作業を続けようとする彼に、高山は呆れたような溜め息をわざと吐き出した。

「少しは頼ったらどうなんだ……」
「なんだって?」
「いや……」

 半ば愚痴のように呟いた言葉は、案の定彼には届かなかった。
 なんでもない、という風に首を振りながら席を立つと、視線を上げた彼と目が合う。数センチしか身長差の無い彼を見下ろすのは、どこか新鮮だ。

「篠原」

 静かに呼ぶと、ゆっくりと瞬きをした彼―篠原紀彰は、黙ってこちらを見ている。
 どこか鋭い篠原の視線には、いつも射抜かれるような気持ちにさせられるが、まだぼんやりとしている今の彼の瞳は、然程威力を感じない。いつもは堪え切れずに目を逸らしてしまうが、今なら逸らさずに見つめられる。

 こちらも言葉を発さずに見下ろしていれば、根負けした篠原が先に目を逸らした。それに僅かに優越感を覚えていれば、パソコンの画面を見つめる彼に「何」と簡潔に問われる。

「まだ、柏木に付き纏われてるのか」
「……」

 唐突な高山の問いに、キーを叩く篠原の手が止まる。
 暫しトントンとキーの上をなぞっていた指が完全に止まると、眉を顰めた篠原は何か言いたげに見上げてきた。その視線を受けて、高山はゆっくりと彼に歩み寄った。
 椅子に座ったままの篠原の隣に立てば、一層篠原の眉間の皺が深まる。




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