The die is cast.
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「止めて来る」
「は? おい、高山!」

 同僚が慌てて制止する声を振り切り、外へ出る非常口へと駆け出した。
 重い鉄扉を開いて外に飛び出すと、一気に日暮れ特有のひやりとした、それでいて重い風が肌に刺さる。それに一瞬怯んでいれば、近くから声が聞こえてきた。柏木の声だ。
 駆け出すと、すぐに柏木と篠原を見つける。基地をぐるりと囲む目張りの役目をしている背の高い針葉樹の下で、向かい合っていた。
 高山が二人の姿を確認した時には既に、柏木の両手はしっかりと篠原の肩を掴んでいて、今にも抱き寄せようとするところだった。


「柏木!」

 咄嗟に鋭く叫ぶと、肩を揺らして篠原から手を離した柏木は、目を丸めてこちらへと視線を向けた。
 呼んだ声の主が高山だと気付くと、柏木は一気に怪訝な顔へと変わる。

「なんだ……高山か」
「邪魔して悪いな。……何しようとしてた?」
「何って? 別に。篠原ってあんまり喋んないだろ。五班でも浮いてるみたいだったし、これも縁だから仲良くしようぜって」
「身体を触って?」

 ぴしゃりと低い声で言えば、柏木は眉を寄せる。

「……お前に関係ないだろ」
「そうだな。柏木が誰と何しようと俺には関係ない。ただ、節操無くあちこちに手を出されちゃ、一班の面子も潰すことになるって解ってるんだろうな」

 柏木の舌打ちが聞こえてくる。高山を憎々しげな目で睨む柏木を、黙って睨み返した。
 暫しそうして視線の応酬を繰り返したが、不意に柏木が目を逸らす。
 篠原へと視線を戻した柏木は、何事も無かったように朗らかに笑う。

「まあ、なんかあったら俺を頼ってくれよ。遠慮せず、な」

 歩き出した柏木は、擦れ違い様に篠原の腕を軽く揉んでから手を離した。
 それに高山が眉を寄せると、こちらを見た柏木は鋭い目で一瞥をくれる。そのまま去って行った柏木に、重い溜め息が漏れ出た。

 その溜め息に、篠原がこちらを見る気配を感じる。
 顔を上げてみれば、切れ長の瞳がこちらを見つめていた。

「……すまん」

 思わず謝れば、暫し沈黙が流れる。

 参った。
 何も考えずに飛び出してきてしまったが、もしかして、本当に柏木の親切心で、篠原も助かっていたのかもしれない。
 沈黙に堪え切れずに、もう一度謝ろうとした高山に、篠原は静かに息を吐いた。見れば、彼は怪訝そうに眉を下げている。

「……誰だ、あんた」
「は?」
「あいつも、あんたも、誰だ」
「……」

 ポカンと、その端正な顔を眺めてしまった。
 誰だ。って。
 この状況で、聞くか?

「……っふ……」

 思わず笑いがこみ上げてしまう。
 堪えきれずに小さく息を噴き出せば、篠原は一層怪訝な表情をした。

「いや、すまない。……俺は、一班の高山俊也。さっきのは、同じ一班の柏木。俺も柏木も、篠原と同じ前線担当だ」
「……一班の、高山……」

 ぽつりと篠原が呟く。それだけなのに、微かにどきりとしてしまった。
 篠原は、視線を下げて、ああ、と小さく続ける。

「演習で、指揮官やってた」
「? 俺の演習、見ててくれたのか」
「……あんた、指揮官に向いてるよな」

 え、と思わず口を横に広げてしまった。
 それは、高山が篠原に言いたかった言葉だ。目を大きく丸めて篠原を見つめると、その視線に気付いた篠原は眉を寄せ、それから口を開く。

「なんだ」
「いや……それは、俺が篠原に言おうとしてた言葉なんだけど。篠原こそ、良い指揮官になるよ。指示が的確で、速かった」
「……どうも」

 低い声で返し、篠原は視線を逸らす。
 間近で見た篠原は、やはり美形だった。
 確かに、柏木と同種の人間が好きそうなタイプだ。男らしいのに小綺麗で、さらに、お喋りではない。
 ……高山も、そういうタイプは決して嫌いではない。

「夕飯は? まだ食べてないのか?」
「なんで」
「良かったら一緒に」
「遠慮しておく」

 最後まで聞かずにはっきりと断り、篠原はさっさと歩き出してしまう。
 隣を通り過ぎていく篠原に、苦笑を返して振り返った。高山が飛び出してきた非常口へと真っ直ぐ進む篠原の背中に名残惜しくて声を掛ける。

「誰か、先約があるのか」
「ああ」
「同じ班の人?」
「医療班の同僚」
「外に食べに行くのか? じゃあ、明日でもいいから」

 声を掛けても立ち止まらないことを確認してから大股で篠原を追えば、ふと足を止めた彼は、隣に並んだ高山を目を細めて見つめる。

「……あんたもあいつと同じなんじゃないか」
「あいつ?」
「さっきの」

 さっきの、とは、柏木のことだろうか。
 一瞬面食らってから、いや、と言葉を濁してしまう。

「俺は、そういうつもりじゃなくて」
「少なくとも、俺にとっては同じだ。あんた、良い人の顔をするのが上手だな」

 高山が思わず言葉に詰まれば、篠原は細めた瞳をゆっくりと伏せてから首を横に振った。高山を拒絶するような態度だ。彼特有の、ひやりとした雰囲気が漂う。

「本質が掴めない分、あんたの方が余程薄気味悪い」

 低く呟いてから目を開いた篠原と目が合う。逸らせずに見つめると、気まずそうに顔を歪めて視線を外された。
 暫し何も言わずにそっぽを向いていた篠原は、不意に溜め息とも取れる吐息を漏らした。

「ただ、さっきのは追い払ってくれて助かった。ありがとう」

 はっきりとそう言って、さっさと背を向けてしまう。
 足早に高山から離れていく背中を呆と見送っていた高山は、篠原が非常扉を開いた音でハッとし、思わず笑いを噛み殺した。
 それから、すでに扉の向こうに体を滑り込ませていた彼に叫ぶ。

「どういたしまして! ゆっくり休めよ!」

 その声に、彼が振り返る。その顔は、おかしな物を見るような怪訝な表情だった。
 にっこりと笑い返してやれば、更に顔を歪めた篠原は、先程よりも速い歩調で廊下の向こうへと姿を消していく。
 その姿を見送って、高山は堪えていた笑いを薄く吐き出した。手の甲で口を押さえながら、くすくすと笑みを漏らす。
 そんな高山を、ひょいと非常扉の向こうから顔を出した同僚が、顔をくしゃくしゃに歪めて眺めていた。恐る恐る近付いてきた同僚は、未だ笑みを吐き出している高山に、引き攣った笑いを向ける。

「……今の流れでなんでそんなに嬉しそうなんだよ、高山……薄気味悪いとか言われてたのに……」
「え? ああ。篠原って結構かわいいなって思って」
「……まじかよ、お前もシノハラノリアキ狙いだったのか……」
「人聞き悪いな。人として気に入っただけだ」

 そうなのか? と疑わしそうにこちらを見つめてくる同僚に、片眉を上げて意味深に笑いかけてやると、うわぁ、と口をへの字に下げられた。

「確かに顔は綺麗だけど……無いだろ、あれは。性格きつ過ぎ」
「性格がきついんじゃなくて、口下手なんだろう。案外素直だった」
「やめとけやめとけ。シノハラって、もう相手いるだろ」
「……それは、男? 女?」

 ちらりと横目で同僚を見れば、目が合った彼はやはり顔を歪めたまま、声を低めて内緒話をするように囁いた。

「男。医療班にすっごい綺麗な顔した細長い奴がいるんだけど、養成所の頃から仲良いらしい。あのしかめっ面のシノハラが、そいつと話してる時は笑うらしいぞ。これはもう百パーセントだろ」
「……ああ。だから、医療班の同僚か……」

 合点がいって、思わず頷く。今夜の先約は、その噂の医療班の彼なのだろう。
 だが、意外だ。
 話してみた篠原からは、「そういう」空気は感じなかった。少なくとも、同性の同僚と噂になるようなタイプだとは思えないのだが。
 そんな高山に、同僚は一層怪訝な表情をした。

「何考えてるかわからないけど、やめとけよ?」
「……まあ、現実的に考えれば、班も違うし、接点が無いからな」
「そうそう。これはここで終了。やめてくれよ。お前みたいな良い奴がホモになるのは見ててつらいんだよ」

 心底不愉快そうな顔をした同僚に、頷いてから笑ってみせる。
 これでこの話は終わりだ。そういう意味の笑みだったが、正しく汲み取った同僚は一つ大きな溜め息を吐いてから廊下へと戻っていく。
 高山はその背を追いながら、でも、と音にはせずに呟いた。

 でも、もっと知ってみたいと思うんだ。
 同僚には悪いが、恐らく、これはもう手遅れだ。
 篠原が去って行った方を見てみるが、やはり彼の姿はもう見えなかった。



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あきゅろす。
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