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「…ねっみぃー……重てぇー……休みてぇー…」
夜明け前の街道にそんな声を響かせていたら、すかさず碧に「うるせぇ、黙って歩け」と足を思いっきり蹴られた。
「ちょっ、わざわざ蹴る必要なんかないじゃん」
「みんな眠いの我慢して歩いてんだ。いい大人が情けないぞ」
「……みんな、ねぇ…」
そこで言葉を区切り、俺はゆっくり視線を自分の背中に向け、そこで気持ちよさげな寝息をたてるエルゼを見た。
「…………なーんか、ちょいとばかし不満かも…」
「エルゼちゃんは仕方ないでしょ。文句はダメだよ」
「へーいへい。分かりましたよ」
「まったく………」
呆れ果てたような溜め息をこぼしながら先を歩く碧のあとを俺とソアがとぼとぼ着いていく。
本当、まだ日も昇ってねぇのに元気なこって……。
「……てかさぁ、何で夜通しで歩くワケ?別に昨日みたいに野宿して、昼間また歩けばいいじゃん」
「ここら付近は魔物が多い。そんな危険な所で野宿なんかしてたらどうなるか…それくらいお前でも分かるだろ」
「そりゃ、夜通ししてでも歩くわ」
「そういう事だ――――っ!」
突然、碧の動きが止まった。いきなり表情を険しくさせたかと思うと、辺りを警戒するように見渡しだす。
……そこでようやく俺たちも周りにいる“何か”の気配を感じ取った。
「……囲まれたな」
「あーらら、噂をすれば何とやらって奴?」
低い唸り声を上げながら周囲の茂みから姿を現したのは魔物の群れ。
……やれやれ、勘弁してくれよ、まったく…。
「ハクア君、エルゼちゃんはおいらが預かるよ」
「えー……精神的にキツいから今回は俺も非戦闘員がいいなぁ…」
「ふざけてる場合か、さっさと構えろ」
「ちぇ、仕方ねぇなぁ…」
碧の叱責に渋々とエルゼを背中から下ろしてソアに預け、俺は小太刀を静かに構える。
「……俺、今完全に眠たい人だからあまり期待しないでね」
「安心しろ、もしお前が食われても墓ぐらいは適当に作ってやるよ」
「それじゃあ死ぬに死ねないっしょ」
冗談っぽく笑い飛ばして俺は目の前に飛び掛かってきた魔物の胴体に刃を走らせた。
それとほぼ同時に碧も地面を一気に蹴って群れの中に突っ込む。……まぁ、アイツの事だ。心配する必要はないか。
ソアの方は大丈夫だろうか…。よくよく考えれば、エルゼを背負ってたら動きにくいんじゃ――――。
少し不安になって横目でソアを見れば、「えいっ」という何ともまぁ間の抜けた掛け声を上げながら、そこら辺に落ちている石を魔物に投げ付けていた。しかも、その効果は絶大。
「………杞憂だった、か…」
そう肩を竦めて、俺は再び小太刀を横に振った。
それから数十分ほどたって日が半分以上顔を出した頃、ようやく魔物たちも全て片付き、今までスヤスヤと眠っていたエルゼも目を覚ました。
「んにゅ〜…っ。おはよう、みんなぁ」
「…あー、はいはい…。おはよう、おはよう…」
「あはは……本当によく寝てたね、エルゼちゃん…」
「にゅ?」
ぐったりとしている俺たちにエルゼは不思議そうに小首を傾げたが、生憎、訳を話す気力はない。
「うぁー……ベットで日長一日寝てたい…」
「そう思うなら、さっさと立って歩くぞ」
「いでっ」
カツン、と軽い音をたてて碧の刀の鞘が俺の額を小突いた。
「……いちいち小突かれる意味が分かんないんですけど」
小突かれた額を押さえながら、そう唇を尖らせれば、「そうでもしないとお前、動かないだろ」と笑い返された。
子どもか、俺は!
「ほらほら、ハクア君。もう少しで街に着くから一緒に頑張ろうねぇ」
「子ども扱いしなさんなって!…それに、お前が言う“もう少し”は全然もう少しなんかじゃ―――」
「あっ!ねぇねぇ、街が見えたよ!」
俺の言葉を遮るようにしてはしゃぐエルゼに、思わず「はぁ?」と声を上げてしまった。そして、エルゼが指差す方に顔を向ければ、確かに街が見えた。
「……嘘だろ…」
「ほぉら、もう少しだった」
そう言って楽しそうに笑うソアに対し、俺は妙な悔しさが胸に溜まっていくのを感じた。
…ちくしょう、なんかムカつく。
街に着くと、まだ早朝なせいか妙に人気が少なかった。……いや、そんな事はどうだっていい。
「宿屋だ、宿屋。ボロくてもいい。とにかく早く俺をベットで寝かせろ!あまりの睡魔にイライラしてきた!」
「わかった、わかった…。どっか開いてる宿探してきてやるから、そこで大人しく待ってろ」
「あ、おいらも一緒に行くよ碧ちゃん。ついでに仕事も探したいしね。…エルゼちゃん、少しの間ハクア君をよろしくねぇ」
「はぁーい!」
いや、普通そこは逆でしょ…。
なんて突っ込みを入れようかと思ったが、それ以上に眠気が強くてどうでもよくなった。
少しずつ遠ざかっていく碧とソアの後ろ姿を眺めながら、いつの間にか俺は眠りに落ちていた。
(アオ様)
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