死神姫君と不実悪魔(女主)
6
悪魔を跪かせた少年は命ずる。
その命に従い悪魔は腕を振るった。
ただの人間が悪魔にかなうはずもなく、屍の山が築かれていく。
シェラは闇に息をひそめ、たぎる怒りを押し殺していた。
真正面から戦えば、おそらくまた負けてしまう。そんな無様な失態をさらすわけにはいかないのだ。
慎重かつ確実に息の根を止めなければならない。
噎せかえる血の臭いが腐敗しきった部屋を染め上げる中、彼女は悪魔だけを見つめていた。
「おまえは今日から僕の下僕だ、セバスチャン」
「……御意、ご主人様」
絶望を負った少年の下僕に成り下がった悪魔は、笑みを浮かべる。
形の良い唇が乗せるのは仄暗い闇に似たものだった。
彼らが立ち去った後にシェラは大急ぎで仕事に取りかかるが、いかんせん数が多すぎる。
焦りと苛立ちばかりが先立った。
早く、一刻も早く。
あの男を。
あの悪魔を。
殺さなければ。
自尊心を取り戻すため、忌まわしい記憶を消し去るそのために。
死神の鎌を振り下ろす手に力を込めて、シェラは幾つもの魂をかりとる。救いようのない魂を断ち切りながら、不意に浮かんだのは少年の姿だった。
人間により絶望をもたらされた哀れな少年は、悪魔という駒を得て立ち上がる。
その駒を、今、殺してしまったら。
あの少年はどうなってしまうのだろうか。
今一度この手で希望を狩りとることなど、シェラにはできない。
激しい憎しみは悪魔に向けられるべきであり少年にはなんら関わりないのだ。
ならばせめて、あの少年が立ち上がる時まで。
その時まで、待とう。
幸いなことにシェラにも、そして悪魔にも時はある。それこそありあまるほどにだ。
この怒りは、憎しみは、消えない。
風化することなどない。
今までだって待ったのだ、あと数年待つことくらい可能なのだから。
シェラはリストに目を落としながら、部屋を彩る血色に悪魔を思い描く。
「……セバスチャン、か……」
その名を忘れはしない。
シェラの艶やかな唇は憎い悪魔の名を、静かに呟く。
見つけた。私を汚した憎い悪魔
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