そろそろ気付いて!
ガチャガチャ、と乱暴に鍵が開けられ、ドアが開く。入って来た男はきょろきょろと部屋を見回した。
(よし、いない…!)
端から見れば泥棒にしか見えないこの男、実はこの部屋…カリヨーゼの事務所の持ち主、虎之助である。
彼は安心したように溜め息を吐くと、乱暴にソファに座った。ギィ、と少し軋んだが、気にせずそのままデスクに脚を乗せる。
「あ…お帰りなさい…トラさま…」
「!!!!!!!!お…おう、ただいま〜うらみちゃ〜ん」
突然台所から音もなく現れた女に驚き、慌てて裏声且つ猫撫で声で返事をした。
反射的に脚を戻し背筋を伸ばしてしまう自分が情けないが、相手が相手なだけにどうしようもない。
彼女こそが虎之助が自分の事務所に入るのに緊張していた原因。鹿羽組組長の孫、鹿羽うらみだ。
事故のオトシマエはつけた筈なのだが、何故かカリヨーゼに居座っている。もう少しで一週間くらいになるだろうか。
彼女が退院した時に
「なぁ、責任はちゃぁんととるから…堪忍してな?」
と言っておいた筈なのに付きまとううらみに、もしかしたら組長の孫直々に手を下しに来たのではないか…?と虎之助はひたすら怯えていた。
実際は、うらみが「責任」の意味を取り違えているだけなのだが。
「…そろそろ帰って来るかなって…お茶…淹れたのですけど…」
あぁ、あんな事故さえ起こさなければ…とぼんやり考えていたら、聞いてるだけで死にたくなるような声で現実に戻された。
代わりに、毒入り…そんな言葉が頭の中をグルグル回る。
「トラさま…飲んでくださらないのですか…?」
「い、いやいや!うらみちゃんの淹れたお茶やで!?の、の、飲むに決まっとるやないか!」
「嬉しい…私の愛と………を…込めた…これで…三日坊主…」
「(三日坊主…!)イタダキマス…」
「くっくっ…どうぞ…」
死を覚悟して湯飲みを受け取り一気に流し込む。
…だが、拍子抜けするほど普通のお茶の味だった。どちらかというと美味しい方だ。
しかし、虎之助はまだ警戒していた。
(時間差でくるかもしれへん…!)
「…あの…どうかしたんですか…?さっきから…目をぎゅっと瞑って…」
「え、」
「もしかして、不味いんじゃ…」
「いやいやいや!美味い!めっちゃ美味いで!うらみちゃんはアレやな、お茶淹れるプロやな!ワイ感動して目頭が熱くなったわ!」
うらみからのツッコミに動揺し過ぎて、考えるより先に口がまわったようだ。虎之助自身も、よくこんなに喋れたもんだ、と自分に驚いていた。
しかし、褒めすぎて逆に嘘臭いか…?と心配し始めた時、うらみが口を開いた。
「トラさま…嬉しい…これから毎日、淹れますね…?」
どうやら虎之助の杞憂だったようだ。
うらみは目を輝かせている。(いつもより少し、なのでぱっと見は分からないが)
「あぁ…おおきに、うらみちゃん…」
毎日っていつまで居座るつもりや!いい加減帰らんかい!
なんて本人に言える訳もなく、虎之助はただ礼を言うしかないのだった。
そろそろ気づいて!
(うらみちゃん、何でワイのとこおんのやろ…さっさと帰らんかなぁ…)
(新婚さん…みたいね…くっくっ…)
鈍感な彼も、一方的な彼女も。
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