2 「150円のお釣りと、レシートです。こちらのレシートはあちらのカウンターにお持ちください」 優しく手を添えられ、お釣りとレシートが自分の手の中に収まる。先程から胸の動悸が止まらない。触れられた手が徐々に熱が帯びていくのが解る。 「ごゆっくり」 にこりと眩しい笑顔が向けられる。あまりに綺麗な笑顔に思わず顔を背けてしまう。 (…なんだ、この動悸は) 理解出来ない動悸と身体の火照りに戸惑いが隠せない、同時に足が固まったかのように動かない。しかし、レジを済ませたのに彼の前を動かない訳にはいかない。消えない鼓動と重い足を背負い、エスプレッソを受け取りにカウンターへ向かった。 商品を待っ間、横目で先程の店員を見る。 肩にぎりぎりつく位に伸ばした緑掛かった綺麗な黒髪。長い前髪から除く灰色の瞳。制服である白いシャツと緑のエプロンから隠れていても解る程のしなやかな身体。すらりと流れるような手足。小さく微笑む唇に、カップに添えられた細く形の良い手。 (……おいおい何を見惚れてるんだ俺は。相手は男だぞ) 気のせいだ、気のせいだ。と自分に言い聞かせ、丁度用意されたエスプレッソを受け取り、席へと戻る。 (そうだ、この心臓の音も、火照った身体も何もかも気のせいだ、…ああ、気のせいだ!) それを確かめるように、ちらりと彼を見る。 (え?) その時予想外な事が起こった。 あちらもこちらを見ていたのだ。彼は目があった事に余程驚いたのか、持っていた紙パックを手から滑らし床に落としそうなっている。ぎりぎりのところで持直し、ほっとした表情を零しす。そして、すこし照れたような困ったような表情をニールに向けた。 この時ニールは自身の中で音をたてたように感じた。 彼から目が離せない、鼓動が鳴り止まない、火照る身体が更に上昇する、頭の中で何かがぐるぐるとまわり続けている。二十数年生きてきて、こんな事は初めての経験である。 ニールはこの現象の名前をひとつ思い付かなかった。 (気のせい…じゃない。これは) |