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ニール・ディランディがその日あのカフェに行ったのは偶然だった。物書きである彼は其処を執筆作業の息抜きに使う位で、特に目当てもなく月に一回行けばよく行くというほどである。
その日も、思うように筆が進まない為に息抜きにやってきたのだ。
「いらっしゃいませ」
複数の声が彼を迎え入れた。店員の声も気に止めずニールは空いている席を探す。だが探す必要もない、殆どは空席であったのだ。丁度客の少ない時間なのだろう。良い時間に来た、そう思いながら適当に席を確保する。
荷物を置いてノートパソコンを電源を入れる。電源がついた事を確認するとニールは一息ついてカウンターへと近付いた。一つだけ開いていた、男性店員のカウンターへ並ぶ。
「いらっしゃいませ、」
「えーっと…」
カウンターへ来たは良いが何を飲むか決めていなかった。メニューに目を通すが目を惹く物はこれといって無い。しばらく悩んだ後『いつもので良いか』そう決断し顔をあげた。
すると、にこっと柔らかい微笑みが彼の目の前にあった。
「エスプレッソのドピオ…ですよね?」
「え、?」
思いがけないセリフが飛び込み、言葉を失う。鳩が豆鉄砲をくらったような間抜けな顔を晒した。
店員が言った商品名は、まさにニールが頼もうとしていたソレだったのだ。
「あの、違いましたか?」
不安そうに様子を伺う店員がニールの顔を見つめた。
ニールは動揺していた。確かに店員のいうとおり彼はエスプレッソを注目するつもりだった。なぜ解ったのか、この店員は超能力でもあるのか、見当違いな思考をぐるぐると廻らせる。
はっきりしない頭で、小さく肯定の言葉を呟く。
「良かった、違ったのかと思いました」
ほっとしたのだろう。店員は不安そうな表情をぱっと消して、笑った。
ニールは思わず、その柔らかい控えめな笑顔に目を奪われた。
それと同時に彼の中の奥深くにある鐘が大きな音を鳴り響かせたのをまだ彼は気付いていない。