姉と孫兵にシチューをつくる
名前と一緒に眠ったあの日
名前がいつも寝てる布団にいま包まれている…しかも横には名前がいるのか。俺、いま絶対変な顔してる。ニヤニヤして変な顔になっているに違いない。こんな顔見せられない、心の準備が出来るまで名前に背中を向けていよう…
準備を終えた頃、振り向くと名前が眠っていた。まず寝顔をじっと見る、口の端からたれる涎を見て胸が高鳴る。名前の唾液ってどんな味がするんだろう…ちょっとくらい舐めても…って、やめろ!何考えてんだ俺は!
この寝顔今は俺だけのものでも将来は俺じゃない誰かのものになってしまうのかと思った。何回も同じことを考えては苦しくなって泣きたくなって、本当に、本当に俺は
「ほんと…馬鹿だよな」
名前の頭を撫でながら、キスした。名前はきっと俺にキスされたなんてこと知らずに他の男と唇を重ねたりするんだろう
それが当たり前で普通のことなのだと思ったら悲しくなったので考えるのをやめて名前の柔らかな感触を堪能した。その柔らかさに包まれながら俺は眠った。目が覚めると昼前で、名前を見ると服がめくれて白い肌が見えていた。それに興奮してしまった俺はこっそり布団を抜け出し顔を洗った後リビングへ向かった。あ〜…ヤバかった…あれ以上名前と布団にいたら本当に手を出してしまいそうだった…
テーブルの上においてあるランプがチカチカと点滅している名前の携帯に気付く。聴いたことのあるメロディが流れ、ディスプレイには「潮江」とあった。そうだ、名前が寝ている今…アドレス帳に登録された男の番号やアドレスを着信拒否登録できるのでは!?
いやいやダメだ!
名前を起こし携帯が鳴っていたことを伝えるとリビングへ駆けて行った。話し声が聞こえてくる、潮江先輩と電話しているんだろう。俺はわざとらしく誰から電話だとか委員会だって思ったけど携帯を置きっ放しなの見過ごしたとか言った。名前はそんな俺の頭を優しく撫でた。
馬鹿な女だ
名前の目にうつっている俺は、変な顔してないだろうか。高校生にもなって名前に頭を撫でられているいまこの瞬間が幸せでたまらない、この気持ちが顔に出てしまっていないだろうか。不安だ…顔って自分じゃ見えないからな…
「今日ハチがつくってくれたオニギリ美味しかったよ〜」
委員会から帰ってきた名前がつくった晩御飯を食べ終わった後ニッコリと可愛らしい笑顔でそういった。お前のつくった晩飯のが美味しいよ、ばか、と思ったがちょっと嬉しくなった。思わず俺も笑顔になりながらそりゃよかったと言う
名前はオニギリのお陰で頑張れたとか潮江先輩のお小言も気にならなくなったとか大袈裟に褒めまくる。そろそろ恥ずかしい
「そ、そんなに美味かったならまたつくってやるよ…」
「ほんと!?いついつ!?」
「そうだな…じゃあ明日の晩飯は俺がつくるよ」
「明日の!?」
「おう…」
「なにつくるの!?」
「姉ちゃんは何食べたい?」
「ん〜ハチに任せるよっ」
任せられた…
今までのことを思い出してみる。そういえば名前は母ちゃんがつくったかぼちゃのシチューをスッゲー美味そうに食ってたな…よしそれだ!明日はかぼちゃのシチューをつくるぞ!しかし肝心の作り方がわからねえ…竹谷家にはパソコンがないので、携帯でレシピを調べてみることにした。必要なものをチェックし、それをいらない紙にメモして明日の放課後安さがウリのスーパーへ行くことにした
「あれ、竹谷先輩じゃないですか」
なるべくいい食材を、と吟味している所に孫兵がやってきた。なんでも牛乳が切れていたことを思い出しスーパーに寄ったらしい。孫兵の家の両親はバリバリ仕事する人なので、孫兵は小学生の頃から一人で家にいることが多かった。それを気にして名前が孫兵をよく家に呼んで一緒にメシ食ったり遊んだりと昔からまあ仲良くやっている。俺の買い物カゴを見て「なにつくるんですか?」と聞いてきた。かぼちゃシチューと答えると孫兵の身体がピクリとした
「へぇ、かぼちゃシチューですか」
「ああ」
「かぼちゃシチューはイイですよね、僕も好きです」
「ふぅん」
「…かぼちゃシチューは大人数で食べた方が美味しいと思いませんか?」
「言っとくけど今日だけはダメだぞ」
「えっ…な、なんでですか…」
「なんでってそりゃお前…フフ」
遠まわしに晩飯に誘われようとしやがってコイツ…そういや孫兵もうちの母ちゃんのかぼちゃシチュー食べたことあるんだよな。あの時は名前と一緒になっておかわりって言ってたよな〜まだ好きなのか、かぼちゃシチュー。名前とふたりきりで、俺がつくったメシを食わせたいと思ったけど…
「仕方ねぇなあ」
「!」
「今回だけだぞ、つくるの孫兵も手伝えよ!」
「はい!」
名前のことも好きだが俺は孫兵のことも好きだ。こいつがかぼちゃシチューが食いたいってんなら仕方ない、家に呼んでやる。
買い物を済ませ家に帰ると名前がいた。あれ?委員会はどうした?と聞くとハチがご飯つくってくれるの楽しみすぎてサボった〜とか言いやがった。こいつ…潮江先輩に怒られても知らないんだからね!ばか!嬉しくて妙な口調になってしまった。孫兵に気付いた名前がいらっしゃ〜いと言ってじゃれていた。孫兵には嫉妬しすぎてむしろ慣れた
「くっつかないでくださいよ」
「だって久しぶりじゃん、そうだ名前姉さんとボンバーマンやろうよ」
「え〜…」
「じゃあぷよぷよだ!ぷよぷよは!?あっ、スマブラもあるぞ!」
「いや僕は竹谷先輩の手伝いをするんで…」
「やっぱ孫兵は姉ちゃんの相手しててくれ」
「えっ」
「ほらハチもああ言ってるし!遊ぼう!」
「…ぷよぷよで」
「おっしぷよぷよな!」
名前は時々「ゲームをやりたい」ってスイッチが入るとだれかれ構わず誘って一緒にやらせる。そういう時以外はあまりゲームはやらない。ふたりがゲームしてる間に俺はかぼちゃシチューをつくることにした。しばらくすると名前のギャーという悲鳴が聞こえてきた孫兵にスゲー連鎖をくらって負けてしまったらしい。悔しがる名前の表情も中々…じゃない、さっさと手を動かしてふたりの腹を満たしてやんねーと
シチューが完成すると「いいにおーい」と言って名前自ら台所へやってきた。孫兵も一緒にテーブルへ人数分の食器などを運び、目をキラキラさせながら名前はシチューを食った。続いて孫兵も。飲み込むと即座に美味しいと言ってくれて、つくった人間からすればこれほど嬉しいことはない。俺は自分が食うよりもふたりがシチューを口に運ぶ様子を見ている方を優先した。孫兵は最初「美味しいです」と一言いってからは黙々と食い続けている。可愛いもんだな
「ごちそうさま〜おいしかったぁ〜」
「ごちそうさまでした」
「おう。そうだ、冷蔵庫にアイスあるけどどうする?」
「食べる!孫兵も食べるよな!」
「はい」
我ながらシチューをうまくつくれたなぁと思う。
でも俺の今日の一番のごちそうはふたりの笑顔だったなぁと、シチューを食べながら思った。名前とふたりきりもいいけど、孫兵も入れてこうやってほのぼのとした時間も俺が好きだ。
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