☆織姫(脱色)
朝からずっと続いていた空の不機嫌は下校時間になってMAXになった。水たまりの上をかけていく生徒たちを見ながら、俺は母親に半ば強引に持たされた折り畳み傘を鞄から取りだした。荷物になると思って邪険に扱っていたが、こうなってしまえば母親に感謝するしかない。
下足場を出れば、途方に暮れた人たちが数人たむろっていた。鞄を雨よけにして走っていく姿を自分と重ねる。ふと見知った顔が一向に止むことのない雨を降らす空を見上げていた。
「井上」
「名字くん!」
「もしかして傘忘れた?」
「うん。もう少し小雨になったら走って帰ろうかな、って」
えへへ、と自分の頭をげんこつで叩きながら井上はおどけてそう言った。そんな子供っぽい仕草に微笑みながら、俺は自分の手に持っている物に視線を向けた。
本来ならここにはなかったはずの物。気がつけばそれを井上に差し出していた。
「?」
「使っていいよ」
「え!?でもそれじゃ名字くんが濡れちゃう」
「別にいいよ」
「良くないよ!風邪でも引いちゃったら悪いよ!」
本気で俺の事を心配してくれる井上が何だかおかしい。
「風邪引いたら学校休めるし。その方がいいかも」
「駄目だよ!」
「そ?じゃ一緒に帰ろうか?井上の家の前通るし」
「え?いいの?」
「まぁちょっとは濡れるとは思うけど。走って帰るよりはマシじゃない?」
う〜ん、と少し考え込んでから井上は俺の提案に頷いた。俺はそれを見て小さな折り畳み傘を開いた。
雨音が静かに響いた。
左肩に感じる嫌な感触と冷たさ。でも右肩に感じるぬくもりと優しさがそれを忘れさせる。
「でね。それでたつきちゃんに怒られちゃったの」
そう言って井上は笑った。井上は有沢の話をする時になるととても穏やかな表情になる。それだけ彼女の事を大切に思ってる、って事なんだろうな。
「名字くんってたつきちゃんと仲いいよね?」
「?俺が有沢と?」
「うん。よく教室で遊んでるでしょ?」
その言葉に俺は背中に悪寒が走るのが分かった。
断じてそれは遊びではない!
プロレスの技をかけられて何度怪我をしかけた事か……俺は有沢のおもちゃじゃねえっての。
「あれを遊んでるって思える井上の頭が羨ましいよ」
「?」
「や、何でもない」
井上の天然は今に始まった訳じゃない。それに井上に訴えた所でどうにかなる問題でもなし。
「それよりさ」
それからも他愛ない話をしながら俺達は歩いていった。
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