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♭宰蔵(妖奇士)

 美しい、と思う事さえ忘れた。
 華麗に舞うその姿に……僕はただただ見惚れた。




「宰蔵!」
「お前……また来たのか」

 やれやれ、といった感じで宰蔵はそう言ったけどその表情は穏やかで、腰掛けていた長椅子の隣を叩いて座るように促した。僕はニカッと笑ってからいつもの通りに宰蔵の隣に座った。

「もう宰蔵は舞台に上がらないのか?」
「女は舞台に上がってはいけないんだ。仕方ない」
「でも、僕は宰蔵の舞いがみたい」
「……」

 俯いた横顔はとても悔しそうで、それ以上何も言えなかった。そうだよ……一番悔しいのは宰蔵なんだから。僕が何かを言う事自体間違っているんだ。

「……早く行かないと芝居が始まるぞ」
「今日はいいや」
「え?」
「今日は宰蔵と一緒にいたい」

 なんだそれは、と少しだけ頬を朱く染めて宰蔵はぷい、と顔をそらした。それに……

「僕は芝居が見たいんじゃなくて、宰蔵の舞いがみたいんだ」

 誰よりも気品があって美しく、そして僕の心を引き付けてやまない。

「ありがとう」

 顔を上げた宰蔵の顔は笑っていた。瞳に涙をにじませて、それでも可憐に笑う君。そっと伸ばした手で頭を撫でたら、君の瞳から清らかに澄んだ煌めきが零れた。


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あきゅろす。
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