しあわせの方程式
小さな掌の幸福 「あー……」 メールの受信を知らせる携帯を、私はポケットから取り出し、気付いた。 付けていたストラップが、取れている。紐の部分は付いているけど、そこから先の、肝心な飾りの部分がない。 「どうしたの?」 固まったままの私を、空が覗き込んでくる。 言葉ではなく、携帯ストラップの部分を、空に見せた。 「あちゃー、いつの間に?」 「分かんない。ポケットに入れてたのが、良くなかったかなー」 買わなきゃだ。私は小さく溜め息を吐いた。 じゃらじゃら無駄に付けるのは嫌いだけど、一つくらいは付いていた方がいい。……バックの中から取り出したりする時に、引っ張れて楽だから。 もしかすると、それが原因でストラップの繋ぎ目が、弱くなってしまったのかも知れないけど。 「じゃあさ、お揃いの買わない?」 「え?」 そう、空は嬉しそうに笑った。 * ――そうして、今に至る。 「あのー……空さん?」 「何ー?」 「本当にそれ、買う気?」 答えは分かりきってはいるが、恐る恐る尋ねる。 きっと自分は、何とも言えない表情をしているのだろう。 「勿論」 空が買おうとしているストラップ。見るからに、明らかにペアのストラップだ。しかもハート。 そんなのを自分が持つのかと考えると、顔から火が出そうになる。 友人からなんてからかわれるかも、分かったものではない。……いや、分かりきってる。 「もうちょっと、違うのにしない? ね?」 「やだ……?」 「やだっていうか……」 「唯は、俺とお揃いはいや……?」 空が、しょぼん、と項垂れる。まるで、尻尾がへにゃりと垂れていそうだ。 空の方が身長は高い筈なのに、子犬が上目遣いに見上げてくるように見えるのは何故だろう? 「いや、お揃いが嫌っていうか……」 しどろもどろに答える私、それでもそれが拒絶の言葉ではないのを聞き、空の表情が明るくなる。 「じゃあ、いいよね」 そうして、さっさとレジへと向かってしまった。 切り替えが早い。あんなに泣きそうな顔をしていたのに。 「あ、ちょ……!」 慌てても無駄だった。 素早い空を、私は唖然として見ているしかなかった。 * 「はい」 空の手から私の掌に、ころんと落とされるストラップ。 ハートのそれは、明らかに二つ繋ぎ合わせるペアのものだと分かる。 ――恥ずかしい。 私の気持ちにお構い無く、空は私の携帯にストラップを付けてくれた。 不器用で、なかなか上手く付けられない癖に、それでも嬉しそうに。こっちまでつられて笑みが零れそうになるくらい、純粋で真っ直ぐな笑顔。 ――そんな空をみて、私は諦めたように苦笑を漏らした。 (……まぁ、いっか) 暫くは、友人の前では携帯をいじれなくなる。 それでも、きっとそのうち慣れてしまうだろう。空が隣にいることが、照れ臭くても、当たり前になったように。 END 2010.5.21 ←→ [戻る] |