しあわせの方程式
彼氏と猫 俺の彼女は、猫のようだ。 どちらからともなく、繋いだ手はずっと繋いだままだ。 基本的に、滅多に離すことはない。店で何かを見ていても、多少ならば混んでいたとしても、繋いだままなくらいだ。 俺はその温もりを感じながら、くるくると変わる表情を見ていた。 「ちょっと、あんまりくっつかないでよ!」 けれど、顔を近付けると、唐突に唯は手を振りほどいて離れていった。 ……おまけに、俺のことを殴って。別に痛くはなくても、傷付きはする。 「なんで?」 「は、恥ずかしいでしょっ」 そう言って、唯はきょろきょろと周囲を見回す。 大通りなだけあって、人の往来も激しい。ちょっと視線を横に移しただけでも、人が視界に入ってくる。 予想外に人が多かったのか、慌てたように唯は俯いていった。 「ふーん」 照れているのだろう。 そう、分かってはいたが何となく釈然としない。 「そっかぁ、唯は寂しくなかったんだねぇ」 わざとらしく、悲しそうな声を作る。そして、自ら唯との距離を置いた。 離れた手、離れた体。さっきまで当たり前にあった温もりが、唐突に消える。 唯が、びくりと肩を震わせた。 すましたような、冷静な顔が崩れるのに、そう時間はかからなかった。 「どうしたの?」 「うーっ!」 反射的に伸ばしたような唯の手をかわすと、彼女は頬を膨らませた。 子供みたいに可愛いその仕草に思わず笑みが零れそうになるが、何とか耐える。敢えて、何も分かっていないかのような表情を作った。 「唯、言わなきゃ分かんないって」 「意地悪! 馬鹿、阿呆、間抜け! 空なんて嫌い!」 「そっか、嫌いかぁ……」 完全に拗ねた唯の暴言に、視線を下に向け、俯いてみせる。いかにも、傷付いています、といった様子を見せつける。 「俺、傷付いたなぁ。唯がそういうんなら、俺、いらないよね? 帰ろうかなぁ」 唯の肩が、もう一度更に大きく震える。 わざとらしい様子に、当て付けだと分かってはいるのだろうが、彼女は可愛いくらいに反応する。 そんな姿が、いじらしいと思う。 「うー…………き、嫌いじゃなくなくなくな、いっ!」 唯は、暫く唸っていたが、耐えられなくなったのだろう。唐突に俺に抱き付いてきた。 人が多い所で珍しく、くっついて来た唯に俺は気を良くする。 「それ、どっちなの?」 「うるさい、悟れ!」 「抱き付いて来るなんて、寂しかったんだねー?」 「違うもん! 空が抱き付いて欲しそうだったから!」 そう言いながら、体を離しながらも、再び手は握った。 ぎゅうぎゅうと力いっぱいに握りながらも、唯はそっぽを向いて顔を赤くしている。 俺は、唯に聞こえないくらいに笑い声を漏らした。 素直じゃない癖に、たまにすごく寂しがり屋。ツンとしていたかと思えば、次の瞬間には甘えるように擦り寄ってくる。 俺の彼女は、猫のようだ。 俺は、その猫が可愛くて仕方がない。素直じゃなくて、気まぐれで、それでも甘えたがりの……俺だけの、猫。 2010.1.22 ←→ [戻る] |