True Rose
〜灰の降る世界〜
プロローグ:記憶の中の紅い花
灼熱の炎が、辺り一帯の全てを焼いていた。全てを焼き尽くすかのように、世界を支配するかのように。
燃え盛る炎は、家屋、木々、家畜……見える限りのありとあらゆるものを覆う。そこに存在しているものは全て、焼かれ、灰へと変わっていく。
そこに一つの例外もない。そこにいた人間もまた、その意思に関係なく焼かれ、死していった。辺りを支配する、眉を寄せたくなるような腐臭、それは人であったモノが放つものだ。
地面にはいたる所に、おびただしい量の肉片が転がっていた。全てそれらが「人間」であった事など、想像する事すら難しいくらいに原型など留めていない。まだ真新しい、赤や肌色や生々しい色をしたものもあれば、黒く焦げたものも多くある。
空は、ただ遠かった。青い空など存在しないかのように……否、存在するとしてもこの場所とは全く関係がなく、届かない場所だった。
青い筈の空を舞い覆うのは、灰。地を無造作に埋め尽くすのは、見るも無惨な残骸。時折気まぐれに吹く風は、肉の焼け焦げた臭いだけを運んで来る。
ただ、灰と赤の支配する世界だった。絶望の色しか、そこには存在しなかった。全てが、炎によって存在を焼かれ、消えゆく。消失していく、命が燃え尽きた世界。生命など感じられない、枯れ果てたかのような世界。
そこにおいて、その少女は、ただ異質なものだった。
全てが燃え、灰になっていく中で、ただ一人、彼女はそこに存在していた。
いた場所が良かったのか、火傷はあるものの、死に至るものではない。勿論、そのままここにいて、無事でいられるかは別の話だが。
自身の髪や頬に血や肉塊が付いていることすら気付かないのか、ただ虚ろな瞳でぼんやりとしていた。周囲の状況、自分が置かれている状況……それすらも、遠巻きに見るかのように。彼女の関心の外だった。
少女は何も見ていなかった。何も感じていなかった。ただそこに自分が存在するということ、それすらも希薄だった。
「………君、」
そんな少女の曖昧な意識の中に、不意に降って来た声。それが声だと、少女が認識するまでには時間を要した。
何処か冷たく、無機質さを感じさせる声だった。それでも、心地よい凛とした強さがそこにはあった。
少女は、のろのろと顔を上げる。
視界に入って来たのは、紅い髪の男。全てを焼き尽くす炎と同じような色のそれは、それでも不思議と暖かなものを感じた。
虚ろだった瞳の焦点が、ゆっくりとだが男に合う。
「一緒に、来るかい?」
男の雰囲気が何処か柔らかいものになり、唇が弧を描いた。
炎と灰と腐臭との中、あまりに場違いな笑顔で言われた言葉。それが酷く印象的で、言葉を返す事すら少女は忘れていた。
炎と残骸と男と、それが少女――ローズにとっての最初の記憶だった。
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