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契約完了



ウルヒが去ってから、ランカはおとなしく眠ることにした。キョウに分けた魔力を回復するためだ。

翌日、ランカが目覚めるとすでに日は高かった。

ベッドから出ると、いつものようにストレッチで体をほぐす。

その後、持って入る全ての武器を取りだし、手入れをした。

商売道具であり、自分を守る為の道具でもある。手抜きは出来ない。

終われば、武器を身に付けベッドに腰を下ろす。

「失礼致します」

それを待っていたかのような、タイミングで侍女達がやって来た。

「お目覚めのようですね。ランカ様、お食事とご入浴のどちらを先になさいますか?」

「そうですね、食事の方を先にお願い出来ますか?」

備え付けの長椅子へと移動すると、目の前のテーブルに次々に食事が運ばれる。

ランカは少しずつ、全ての料理を口にした。

(薬は入っていないようですね)

たとえ、薬が混ぜられていようとランカにはあまり効果がない。

幼いころから薬物に慣らされた体は、そう簡単に負ける事のない抗体をもっているのだ。

食事が終わると風呂へと連れていかれた。

中まで入り世話をすると言う侍女達を断り、一人で広い風呂へと入る。

何も知らない彼女達にランカの武器を見せるわけには行かないからだ。

着替えは侍女達から受け取った、この世界のものを着る。武器を隠すため、長い袖がある、露出の低いものを選んだ。

「良くお似合いです」

風呂から出たランカを待っていたのは、侍女達ではなくウルヒだった。

「ありがとうございますウルヒさん」

ランカ自身は自分の外見に無頓着だったのだが、誉め言葉は素直に受け取ることにした。

「ついに、お会いできるのですね?」

ウルヒが来たと言うことはつまり、ランカをこの世界へ呼んだ者に会えるのだ。

「えぇ。こちらです」

ウルヒの後に着いてランカは歩き出した。

幾つもの角を曲がり、建物の奥の方へと向かう。

「どうぞ」

ウルヒに続きランカは部屋へと足を踏み入れた。

そこにいたのは、上質な服に身を包む女。一目で彼女が自分を呼んだのだと分かった。

彼女を包む水の力は、ここへ来るときに感じたものと同じ。

「お初にお目にかかりますね。私はランカ、貴方が呼んだ子供の母です」

ランカは一礼し、微笑みながら名乗る。

「ほう、やはり気付いていたか」

女は目を細め、目利きをするかのようにランカを見た。

「ならば話は早い。私の為に働く気はあるか?」

「条件によりますね。息子を諦め、自由に動く許可を下さるならば、考えましょう。私が息子に会い、国へ帰るまでの間ですが」

どちらの立場が上か分からない、無理な要求をしたランカ。

さすがに女も此れには驚いたようだ。

「後悔はさせないつもりですよ」

ニコリと笑い、ランカは動き出した。

瞬時に女の目の前まで移動すると、袖に隠していた暗器を喉元へと付き出した。

驚くウルヒと女。この世界にもランカ達ほどの強さを持つ暗殺者はいないようだ。

「このように、腕には自信が有りますから」

「……いいだろう。私の為に働いてもらうよ。私はナキア、ここヒッタイトの皇妃。そして、私が望むは、第六皇子である息子が王位に着くこと」

皇妃はランカの条件を飲むことに決めた。

せっかく見つけた贄を失うよりも、ランカの力を手に入れた方が利益のあるものと考えたのだ。

贄の代わりはいるが、ランカ程の力を持つ暗殺者はそういない。

「ありがとうございます」

暗器を袖へと戻すと膝を折り、皇妃へと頭を垂れた。

「契約が続く限り、ナキア皇妃の忠実なる剣となることを……今、此処に誓いましょう」

ランカは普段の仕事で雇い主と交す契約の証を示した。

こうしてランカと皇妃の契約は交された。

「それでは、具体的なお話と致しましょうか。私は何をすれば?」

立ち上がり、ランカは皇妃とウルヒへ尋ねた。

どの国でも後継ぎ問題は大変だが、一人で動く事など出来はしない。

此処に居ることからウルヒも絡んでいるのだろうと、予想をたてたのだ。

「ランカには私付きの女官として、私と息子、ジュダの護衛を頼みます」

「護衛……ですね、分かりました。ナキア皇妃様、よろしくお願い致します」

ランカが侍女として皇妃へと接すると、彼女は満足したように頷いた。

(剣になると言ったのですが、まさか盾になるとは思いませんでした)

皇妃がランカに何を求めているのか、情報が少ないため分からない。

「ウルヒ、お前は下がれ。ランカは早速だか、ジュダに会ってもらう」

言われるがまま、ウルヒを残し皇妃とランカは部屋を出た。

幼いと言う理由でジュダは執務である街の管理を代行に任せ、首都の宮殿に住んでいる。

本人の意思ではなく、彼を王座にと考えている皇妃が望んだ事である。

「ジュダ」

ナキアとランカがある部屋に入ると、数人の大人達に囲まれた少年がいた。

「お母様」

ジュダは席を立ち、皇妃の元へとやって来る。

ランカはすぐさま頭を下げ侍女らしい態度をとった。

「勉強の方はどうです」

「はい、順調に進んでいます」

「そう。今日は私とお前付きとなった新しい女官を紹介する。……ランカ、顔を上げなさい」

皇妃の許しを得てランカは顔を上げた。

まず、目に入ったのは鮮やかな金。

「初めましてジュダ皇子。ランカと申します。よろしくお願い致します」

「こ、こちらこそ……よろしくお願いします」

皇妃と同じ金色の髪を持った可愛らしい顔立ちのジュダ。

年は十を越えた頃だろう。

大人の女に話す事に慣れていないのか、顔を赤くしながらの挨拶は可愛らしいものだ。

(キョウもこの子の様に育って欲しいですね)

たとえ、手を汚したとしても、心だけは純粋さを忘れないでほしい。母として、今は遠くにいる息子の事を思う。




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