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敵か味方か



「では、ランカは明朝の儀式で帰らないのだな?」

「えぇ。お心遣いは感謝いたしますが、あいにくこの様な事情ですから」

複雑な顔色のランカには悪いが、カイルは心底ほっとした。

この国に止まるならまだチャンスはある。例え夫がいようとも、ランカの言葉からこの国に来たのは息子だけのようだ。

そのような事を考えたカイルは、今の自分はどうかしていると思い直す。

「他に御用件はございますか?」

「いや、もういい。キックリ、皇妃への献上物を用意しろ」

カイルの命令で糸目の男が果物の入った器を持ってきた。

「皇妃によろしくと伝えてくれ」

「かしこまりました。それでは、失礼致します」

ランカはカイルやユーリへと頭を下げてから、キックリの持つ器を受け取った。

ちらりと視界に入ったユーリが考え事をしているようだったが、気付かないふりをした。出口でもう一度礼をして、部屋から出ようと振り返ったその時、待って! と声をかけられた。

「まだ、何かございましたか? ユーリ様」

ランカに声をかけたのは、先程まで何かを考えていたユーリだった。

「ねぇ、ランカは……皇妃に呼ばれたんだよね?」

不安げに言葉を発するユーリを見て、ランカは驚いた。

(賢い人なのですね……彼女)

ユーリは自分とランカの違いに気が付いた。

「そうでございます」

だから、その褒美としてランカははぐらかすことなく、真実を教えた。

「なら、どうしてランカは皇妃の侍女なんてやってるの!?」

半、怒鳴るように言ったユーリ。カイルもそのユーリの言葉で気が付いたようだ。

イル・バーニは、元々そういう目でランカを見ていたので対して驚いていない。むしろ、ユーリがそれに気が付いた事の方に驚いていた。

ランカがユーリとは違い、皇妃の生け贄として呼ばれた訳では無いことに……。

「どういう意味でございますか?」

「お前は、自分が何の為に皇妃に呼ばれたのか知っているのか」

ランカはとぼけてみたが、カイルの眼差しは鋭いものへとなっていた。

ユーリもランカの様子を伺うように、じっと見つめてくる。

彼等の中にあるのはランカが敵か味方か見極めること。

イル・バーニのように、どちらにもなれる、と言う考えは無いようだった。

(頭脳面での要はイル・バーニ様……おそらく、彼にはバレているでしょうね)

ランカと皇妃の関係が脆くて今にも切れてしまう事にも、その後、ランカはどうにでも動かす事が出来るのも、イル・バーニは気付いている。

出なければ、ランカをカイルには会わせない。半端な確信で主に危険が及ぶなど有ってはいけないのだから。

「いいえ、私は知りませんが……どうやら間違えのようで、私では役者不足だと」

「息子とはヒッタイトへ共に来たのか」

今度はイル・バーニが聞いてくる。

彼が今探ろうとしているのは、ランカと皇妃の繋がりの糸。それが無くなれば、ランカはカイルへ付くだろう。

「いいえ。ここへ来る前は一緒におりました。湖の渦に飲み込まれるさいに、手を離してしまって……」

そう、あの時……キョウの手を離さないでいたら……。後悔ばかりがランカを包む。

「申し訳ござません……暗い話になりました。気分が優れないので、本日はこれで失礼します」

それだけ言うと、ランカはカイルの許しを得ずに走り去るようにカイルの宮から皇妃の部屋へと帰った。





ランカが帰った後、カイル達はユーリを還すための準備に取り掛かった。

ユーリが着替えをしに部屋を出ていった後、イル・バーニはカイルと二人きりで話しをしていた。話題はもちろんランカについてだ。

「やはり、ランカは皇妃の罠だろうか」

カイル自身はそうでは無いと思いたいが、皇子としては疑わずにはいられない。

「イル・バーニ、お前はどう思う」

カイルは自分よりも洞察力に優れている腹心に聞いた。

「私が思うには、まだ決断の時ではないようです」

「時期が早すぎると?」

イル・バーニは何も言わないが、カイルはそれを肯定と解釈した。

「ならば、私はその時が来るまで待とう」

待つことを決めたカイルの思いをイル・バーニは読み取った。カイルはランカを正妃に望んでいる。

「恐れ入りますが、カイル様は正妃をお迎えしなければならない身」

だが、それは身分的には不可能なこと。ヒッタイトの出生さえ無いランカが正妃になることなど出来はしない。

「そのことを……どうか、お忘れ無きよう」

「分かっている!」

珍しく怒りを露にしたカイルはイル・バーニの前から立ち去った。

主の不評を買ったイル・バーニだが、内心ほっとしていた。

それは、カイルがいずれ国王になることを自覚していることか、それとも……ランカがカイルのものにならないことか……前者であって欲しいと思った。

でなければ、いつか自分の想いに耐えられなくなってしまう。

彼女は、強く賢い……まさに家臣として理想のタワナアンナそのもの。もし、そうなったらランカは手の届かない場所に行ってしまうから……。

そんなこと、耐えられるはずがない。だからどうか……この想いが勘違いであるように。

見上げた夜空は月が浮かんでいた。東の空はまだ暗く、夜明けには時間がある。




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