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狐と狸の化かしあい



ランカとティトの共同生活が始まった日の昼下がり、ランカはカイルの宮へ呼ばれていた。

美味しい果物が手に入ったので、是非皇妃に献上したいから取りに来てほしいとのこと。

(そんな事に、わざわざ侍女を指名してくるなんて……あの夜の事は失敗だったようね)

あの夜にカイルと会わなければ、こんな厄介な事は起きなかったかもしれない。

けれど、今更そんな事を言っても意味がない。

ランカとカイルはもう出会ってしまったのだから。

「私は皇妃様の侍女でランカと申します。こちらに献上物を受け取りに参りました」

門番に挨拶をして宮の中に入る。

案内された部屋で待っていると、一人の男が現れた。

長い髪を高い位置で一つに束ね、質の良い服を来た……明らかに上官職についているであろう男。

ランカは直ぐ様膝をおり、三指を着いて頭を下げた。

「顔を上げろ。私はカイル様に仕え、王宮書記官をしているイル・バーニだ。お前の名は?」

ランカはイル・バーニがカイル達の策士だろうと思った。

此方からは感情が読みにくい、そのうえ、向こうは人を良く見て先を読もうとする。

何よりも、祖国で誰も頭が上がらない交渉役の初老の男を、思わせるような雰囲気が彼を策士だと物語っていた。

(困りましたね、言葉遊びはあまり得意ではないのですよ)

内心ではそう思っていてもランカはそれを顔には出さない。

確かに得意分野では無いけれど、ランカとて数場は踏んでいるのだ。

そう簡単に相手に流される訳にはいかない。

ゆっくりと顔を上げたランカは笑みを浮かべていた。

「私はランカと申します。以後、御見知りおきくださいませ」





ランカと名乗る侍女を見て、イル・バーニは息を飲む。

珍しい色合いと容姿を持つこともさながら、何よりもこの場において笑みを見せる事が出来たからだ。

そして、その驚きはすぐさに楽しみへと変わる。

上官の自分に対して媚を売るものでも、恐怖を隠すものでもない、余裕のある笑み。

そう、それは好敵手に出会ったような、一手を交える事にわくわくするような笑み。

面白い、と思ったイル・バーニもランカと同じ笑みを浮かべた。

(カイル様が目を付けるのも分からなくない)

それは、昨夜の出来事。

皇妃の宮から帰ってきたカイルとユーリがある侍女について話していた。

「皇子……あの銀の髪の人って、この国の人なの?」

「いや、彼女は恐らく異国の人間だ」

「あの人……もしかしたらあたしと同じ場所から来たかもしれないの! ねぇ、何とかして話せないかな? 話せばきっと味方になってくれるよ」

そんな会話を聞いたイル・バーニは、ユーリの言う人物が以前カイルと見掛けたジュダと共にいた女だと分かった。

だからこそ、止めた。

「なりません、あの女は皇妃の手のかかる者。そんな女にわざわざ手の内を見せるなど……自ら首を締めるようなもの」

「イル・バーニ……ならばお前が見極めろ」

自分に会っても大丈夫かをイル・バーニが決めろ、とカイルは言った。

イル・バーニはその信頼を裏切る訳には行かず、こうしてランカと面会することになったのだ。

「ほう、珍しい響きの名だが……異国の者か?」

「はい、旅の者でございます。路銀が尽きた所を拾われました」

言葉を交しながら、それとは別の目線の会話も同時に行われていた。

穏やかな会話の中での探りあい。

「女の一人旅か? 大変だろうな」

「いえ、途中までは家族と共に……嵐で離れ離れになってしまいましたが」

誰が見ても分かるような極端な落ち込み方に、イル・バーニは演技か本音か決めかねた。

「そうか……悪いことを聞いたな」

「いいえ、生きてさえいれば、いつか会えますから」

切ない中にも強い意志を持つ心。

演技では無いとイル・バーニは思った。

もし、これが演技だと言うならば……自分ではランカの相手に役者不足だろう。

すなわち、カイルの周りに彼女に勝てる人間はいないと言うことだ。

(私の負けですよ、カイル様)

イル・バーニは自分の考えが間違っていることをあっさりと認めた。

「会えると良いな」

「ありがとうございます」

ランカは皇妃の手の者ではないとイル・バーニは見極めた。

否、正確には少し違う。

ランカは生きる場所を皇妃に求めている。

自分が行きていれば家族に会える、と言うぐらいだ。

(彼女の目的は……家族に会うまで生きること。それが何処でもいいならば、こちら側に引き込むことは十分可能)

上手く行けば、ウルヒへとランカを仕掛けて皇妃へのスパイにもなる。

ランカ程の美貌があれば、男を落とすのは簡単なこと。

そこまで考えて、イル・バーニは首を振る。

ランカにそんな事をさせてはいけないと、その考えを棄てた。

カイルの為には、今ここで内密に命じるのが良い。

けれど、イル・バーニはそれをしたくなかった。

頭では分かっているのに、心が否定する。

(この私が……なぜ、こうも迷うのだ)

「イル・バーニ様? いかがなさいましたか」

見上げるランカの表情は、心配しているのが良く分かる。

自分の為に、色違いの瞳が切なそうに揺れている。
他の誰でもなく、自分の為に……。

思わず手を伸ばしそうになり、そんな自分に驚いた。

「……何でもない。奥でカイル様がお待ちだ。ついてこい」

振り返り、イル・バーニは歩き出した。

こんなにも、心を乱されるのは、ランカが珍しい女だからだ。

容姿も、頭の回転の良さも、まとう雰囲気も、今まで会った女と違うから……そう自分に言い聞かせた。




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