「ランカには子供がいるの!?」
ジュダの部屋から珍しい彼の大声が聞こえる。
先程の突風に吹かれた後、二人はジュダの部屋にて話の続きをしていた。
そして、ランカがキョウの話をしたとたん、ジュダが声を出して驚いたのだ。
「何かおかしいですか?」
「だって、ランカは子供がいる年に見えないから」
故郷で恋人はいるだろうとジュダは予想していたが、まさか子供がいるとは思わなかった。
「五歳になる息子が一人いますよ。私の故郷では遅くても二十には子をなすものですから」
よく考えてみたら、ジュダ自身すでに結婚しているのだから、ランカに子供がいても変ではない。
そこまで考えてジュダは後悔した。
まだ幼いからこうして侍女であるランカと一緒にいられるが、自分にはすでに妻がいる。
こうしてランカとずっと一緒にいることは出来ないのだ。
「ねぇ、その子の名前は? 僕は弟が欲しかったのだけど……弟みたいに思ってもいいかな?」
兄達は好きけれど、誰かに頼りにされたい。末っ子だからこそもつ、ジュダの悩み。
「ありがとうございます。キョウもきっと喜びます」
「本当に!? キョウに早く会いたいな……」
旅の途中で離れ離れだと聞いたジュダは、表情を暗くした。
自分の事では無いのに親身になってくれる、ジュダの優しさにランカは微笑んだ。
「今は遠くにいますが、いつか会えますよ。大丈夫です、あの子は強い子ですから」
泣きそうなジュダの頭を撫でながら、ランカは目を閉じた。
『ランカ! ヒョウの気配を感じたよ。ここよりもっと南の方にね』
エンジュがジュダの後ろに現れ、話しかけてきたからだ。
エンジュへと視線を動かさない為と、どんな報告をされても動揺をジュダに見せないように、目を閉じたのだ。
(キョウ……良かった。生きてさえいてくれたら、後は母が会いに行きます)
「ウセル様、勝負してください!」
名前を呼ばれた男は立ち止まり、小さな影を見下ろした。
エジプト将軍の一人、オッドアイが印象的なウセル・ラムセス。
そして、ラムセスの腰よりも背の低い可愛らしい顔の子供。
何ともアンバランスな組み合わせだが、彼の家の中では良く見かける光景であった。
なぜなら、ラムセスがこの子供、キョウの力を面白がって養うことを決めたからだ。
異国から迷いこんだ頭もよく、武も強い、不思議な子供をラムセスは気に入っていた。
「悪いが、これから出かける。帰って来てから相手になってやるから」
小さな頭に手を置いて、ぐしゃぐしゃと撫でる。
姉と妹は多いが、男兄弟がいないラムセスにとって、自分の後を追い掛けてくるキョウは可愛くて仕方がない。
「そうですか……。帰って来てからですね、約束ですよ」
「分かったから、いい子にしてろよ」
「子供扱いしないでください! 僕は立派な戦士です」
頬を膨らませるキョウを見て、まだまだ子供だなとラムセスは思った。
「じゃ、行ってくる」
「気を付けて下さい」
キョウは行ってらっしゃい、とは言わない。
キョウの父親は行って来ますと言った後、本当に天へと行ってしまったから。
そのことを聞いたラムセスは、無理に言わせるつもりはない。
「俺は必ず帰る」と、声をかけただけだった。
どんな言葉を用いても、キョウの心の傷は消えない。
ラムセスに出来ることは、キョウの父親と同じようにならないこと。出かけた後に、必ず家に帰って来ることだけたった。
「いいぞ、出せ」
船に乗って、ラムセスは自宅からある神殿へと向かった。
そこでは彼の友人である神官が長をしていた。
「あいつから呼ぶなんて、どういう風の吹き回しだ」
ラムセスは小さく肩をくすめて、神殿を見上げた。
エジプトの数ある神殿の中でも、珍しいデザインの模様が施されている。美術的にも価値がある建築物であった。
そんな事に興味の無いラムセスには、堅苦しく、近寄りたくない場所だ。
「おい、シオンにウセル・ラムセスが来たと伝えてくれ」
ラムセスは入口付近にいた神官へと話しかけた。
「話は伺っております。神官長のもとへご案内致します」
一礼した神官が歩きだし、ラムセスはその後へと続いた。
入りくんだ廊下を進み、暫くすると一際繊細な細工が施されている扉が見えた。
「こちらです」
神官が扉を開け、ラムセスは部屋の中へと入った。
「やぁ、ウセル。いらっしゃい」
ラムセスを迎えたのは、神官服に身を包む男だった。
「やぁ、じゃねーよ」
ラムセスは部屋へ入ると、勝手に椅子を引き寄せて座った。
「普段は呼んでもでて来ねーのに、一体何のようだ」
シオンと呼ばれた男は笑みを絶やさず、向かいの席に座る。
「ウセル、貴方が連れてきた子供の様子が知りたいのですよ」
「他人に無関心なお前がキョウのことを気にするなんて……明日は嵐だな」
「おや、それは酷いですね〜。傷付きました」
「嘘いうな、お前がそんなやわなわけねーだろ」
巧みなシオンの言葉に誤魔化されないように、ラムセスは彼の空色の瞳を睨む。
「アイツに……キョウに何かあるのか?」
キョウは不思議すぎた。
ラムセスが河で流されていたキョウを拾ったとき、言葉が全く伝わらなかった。
シオンの呪【まじな】いにより、今は話すことが出来ている状態だ。
周りには異国の民だと言っているが、ラムセス自身キョウが何処から来たのか分からない。
もし、国に危険な存在だと判断されたら……そう考えると、ラムセスは背筋が凍るような思いだ。
「心配なさらずに、私が聞きたいのは呪いが巧く効いているかですよ」
「あぁ、それなら問題無いぜ。副作用も無いし、元気にしてる」
シオンに聞かれた事があまりにも普通すぎて、重く考えた自分が馬鹿みたいだとラムセスは思った。
「ついでに、キョウの母親が何処にいるか、お前の占いで分からないか?」
「私の占いは迷子探知の為にあるわけでは無いのですが……分かりました、やっておきます」
「頼むな」
それから二人は積もる話を酒の肴にしながら、久々の友人との時間を楽しんだ。
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