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飢えと企み



始祖が眠るための秘密の部屋。

日が沈み、薄暗い部屋の中、ベッドの上で苦しげに身悶える一人の少女。

「くぅっ! ……はぁ、はぁ……あぁぁっ!」

胸の上から、心臓を握り潰すように力強く押さえるのは、赤く染まった小さな手。

『もう、おやめくださいっ! 己を傷つけないでください』

少女の頭に響くのは、誰よりも信頼できる僕【しもべ】の声。

少女の自虐に対して悲痛な声を出せども、身体のない今、その行為を止めることは出来ない。

血が欲しいと疼く本能を無理やり押さえ込むその姿は、なんとも切ない情景だった。

この苦しみに耐えるとき、少女はいつも死を願った。死が平等に訪れることを……。

しかし、少女の願いも空しくその身体は少女を生かした。

どんなに体内から血が流れ出て行こうと、少女の身体は死ななかった。心の蔵が脈を止めることはなかった。餓えと悲しみだけが少女を襲った。

そして、耐えられぬ苦しみから逃れるべく少女は意識を失った。

少女が眠りにつくと、部屋の中に人影が現れる。

口元に笑みを浮かべ、少女が眠るベッドを覗き込んだ。

「無茶をなさいますな、貴方様の代わりは誰一人とおらぬのですぞ……」

男は、艶やかな少女の漆黒の髪を持ち上げ、口付けた。

本当なら、その気高き血を口にしたいところだったが、男にとってこの血は毒であった。

「どうか……あやつをお選びください。私自身が手に入れられぬのならば、せめて我が一族に……」

男は、ベッドから離れると、空を見上げた。黄金の満月が輝く明るい夜空が広がっていた。

その月明かりに照らされて、影を作るのは何十匹といる蝙蝠【こうもり】達。

開け放たれた窓から部屋に入り、眠る少女の中へと消えた。

「貴方の欠片が舞い戻ってきましたぞ。早くお目覚めください。されば、貴方様はもう……」

蝙蝠達が少女の中に消えてゆくにつれ、青白かった顔に仄かな桃色がついた。血行がよくなった証である。

血が戻れば、少女の目覚めはすぐそこまで来ている。





黒主学園では、一人の臨時講師が学園を去った。彼が原因となって消えた二人の生徒はいまだ行方不明。

けれども、変わらず時は経ち……日常は非日常にはならない。

夜間部、月の寮の副寮長である一条拓麻が寮長の玖蘭枢を気遣うのもまた、変わらぬ日常であった。

けれど、そんな月の寮にも非日常が訪れようとしていた。

「まぁ、一条様。まだお休みになられて無かったのですね」

拓麻が枢の部屋から自室へと戻るさいに、大量の本を片手で運ぶメイドに声を掛けられた。

「ご注文の本、すべて揃いましたけれど、お部屋にお運びいたしますか?」

「わぁ、ごめ……」

あまりの本の数に、拓麻は苦笑しながら謝った。

「じゃあ、お願いするよ。あ、この雑誌だけ今もらっておく」

拓麻がメイドの持つ本の中から、一冊の雑誌をジェンガをする気分で抜く。

「あの、枢様は……」

「寮長に用?」

メイドが言うには、お客が入寮許可を欲しいという。

できれば、今はそっとしといてあげたい拓麻としては、出来る仕事は自分が変わってあげようと代わりにサインをしようと紙とペンを手に持って……固まった。

「う、嘘だ……なんでこの人がわざわざ来るんだ……」

そこに書いてあった名は、彼の祖父のものだった。

「嘘ではございません。それと、もう一方入寮希望の方がお見えになるのですが」

メイドから受け取ったもう一つの紙を見て、拓麻は再び嘘だと叫びたくなった。

「ねぇ、これも本当なの? 彼女がここに来るなんて……」

あれほど嫌がっていたのに、潮時だと諦めたのか。けれど、拓麻の知る彼女はその程度の事で自分の楽しみを潰すはずがない。

(まさか……お祖父様が一枚噛んでいる?)

結局拓麻は彼女の入寮を誰にも継げることが出来ないまま、その時を迎えることになる。




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あきゅろす。
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