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雨のち晴れ、時々おめでとう。(28)
予報通り、先ほど降り出した雨が窓を打つ音だけが虚しく響く。
放課後の教室はやけに静かで哀しい。

「はぁ…」

教室の窓から外を眺めながら柳生はため息をついた。
無駄になってしまった手元の赤いマフラー。
誕生日だとは言え、男が男に手作りなんて、やっぱり気持ち悪いだろう?渡せなくて良かったじゃないか。と必死で自分に言い聞かせるがその度にあの光景を思い出してしまう。
嫌な物を、見た。


『仁王先輩っ!』

自分の隣を歩いていた仁王が女子生徒に呼び出され連れていかれる。
なんとなく、予想はついた。
おそらく告白とかそういった類のものだろう。
ちょっと行ってくると言うように片手をあげてその女子生徒について行く仁王の背中はいつものようにだるそうだ。
離れたところでやり取りする二人。
少しでも読み進めておこうと読み掛けの本を開いて目線を落とすがまったく集中が出来なかった。
いけないと分かりつつもそちらが気になりチラチラと横目で伺う。

『誕生日、おめでとうございます!』

そう言いながら女子生徒が仁王に手渡したのは赤いマフラー。
多分手作りだろう。
プレゼント、かぶってしまった…。

『あの、それで、先輩ッ!……ずっと、、好きでした。』

続く言葉を予想はしていたもののその言葉が聞こえた瞬間、思わず本から顔を弾かれたようにあげてそちらを見てしまった。
ちらりとこちらを見た仁王とばっちり目が合う。
ニヤリと笑ってから視線を女子生徒に戻す仁王。

『……で?お前はどうしたいんじゃ?』

わざとらしくその娘に顔を近付けながら囁いた仁王の言葉まではっきり聞き取ってしまって。
真っ赤になる女子生徒と妖しく笑みを浮かべる仁王の距離があまりにも近くて。
見ていられなくなった柳生はついにその場から逃げ出してしまった。



「馬鹿。」

ここにはいない仁王へ呟いた言葉も静寂に飲み込まれるだけで虚しさだけが大きくなった。
誕生日のプレゼントを女子生徒に先を越された上、仁王から逃げ出してしまった。
結果、好きな人の誕生日すら祝えない。
プレゼントがダメになっても言葉くらいはかけたかった、と激しく後悔する。
そろそろ帰ろう、ここにいても気分が沈むだけだ…。
鞄を持ち教室を出る。
校舎から外へ出れば雨は強さを増していた。
ペンギンに似せた折りたたみ式の傘を開いて歩きだす。
傘を打つ雨の音がやけに大きく、虚しく聞こえて少し顔をしかめた柳生は歩みを速めた。
───好きです。
不意に浮かんだ言葉。
蘇る映像。
仁王と女子生徒が対峙して、その距離はいつも並んで歩く自分と仁王の距離よりも近くて…。
考えるのはやめよう、そう思い、頭を左右に軽く振って思考を散らす。
傘をしっかりと持ち直し前を向いた柳生の視界に映ったのは今考える事を放棄した相手の姿だった。

「仁王、君…」

仁王は柳生から少し離れた一本の電柱の前でしゃがんでいる。
よく見ればそこにはダンボールに入った数匹の子猫。
しばらくすると仁王は傘をダンボール箱全体を隠すように置き、連れて帰ってやれなくてすまんのうと子猫達の頭を優しく撫でてから立ち上がった。
そして柳生がいる方向とは逆に歩き出す。
その後ろ姿を眺めていた柳生も仁王の後を追うように歩きだす。
しばらくすると仁王は一つ小さなくしゃみをした。
この雨だ、このままでは風邪を引いてしまう。
そう思った柳生は仁王へ駆け寄り後ろから傘の半分を仁王に被せる。
突然身体を打っていた雨が当たらなくなったのを不思議に思った仁王は後ろを振り返った。

「や、ぎゅう…!?」
「馬鹿、ですね。この雨の中を傘もささずに歩いていたら風邪を引きますよ。」

猫もいいですが自分の心配も少しはしなさい、と付け加えれば仁王は照れ臭そうに笑って、見られとったか…と呟いた。

「とりあえず雨宿り出来る場所を探しましょう。この傘じゃ小さすぎます。」
「いいじゃろ、小さくても二人入れない事も無い。」
「ですが…」
「ごちゃごちゃ言わんと、速くいくぜよ。」

傘を持った手をぐいっと引っ張られ仁王の隣を一緒に歩く。
あんなに大きく虚しく聞こえた雨の音は、今はもう気にならない。
小さすぎる傘の中で肩が触れ合い、仁王の熱が柳生にも伝わる。

「のう柳生…。」
「なんですか、仁王君。」
「お前、なんでさっき逃げたんじゃ?」
「──っ!?」

問い掛けられ、仁王の方を見れば口元だけで笑っていた。
絶対にこの状況を楽しんでいるであろう表情に柳生は逃げられないと悟った。

「…私がいても邪魔になるだけだと思ったからです。」

微妙に違うが嘘は言っていない。
邪魔になってしまうというのも本当の話しだ。

「邪魔?」
「はい。告白現場に第三者が居ては邪魔になるだけですから。告白する方も、される方も私が気になって…気に、なって、しっかりしたお返事がっ…できなく、ぅっ」

仁王は、あの女性の告白を受け入れたのだろうか?
もらったマフラーはどうしたのだろうか?
そんな事ばかりしか考えられなくなって、ついに涙が零れ落ちた。

「もうっ、も…、見てられなく、なったんです…っ。におくんがっ、ぅ、く…わ、私の隣っ、から…いなくなっちゃうんじゃ、ないかと…っ、思ってぇ…っ!」

眼鏡をずらし、手の甲でごしごしと溢れ出して来る涙を拭い取るが堪えきれない鳴咽が言葉を邪魔する。
好きだ、仁王が。
自分以外の人間と一緒にいるところなんて、絶対に見たくない。

「や、やぎゅ…す、すまん。少しいじめ過ぎた。」
「う、くぅ…ふっ、私は、仁王くんがっ…好き、なんですっ!!」
「わかった、わかったから…も、泣くな…。」

傘が地面に落ち、柳生の身体を仁王の体温が包み込む。
すると、今まで止まる気配のまったくなかった涙がピタリと止まった。

「あ…あの、それとっ…誕生日、おめでと、ございます…」

タイミングは悪いが忘れないうちに、と思い今1番伝えなければならない事を伝える。
仁王が柳生を離し、お互いに向き合った。

「柳生、俺は……」
「あっ、仁王君。雨、あがったみたいですよ!」
「ん…?」

言いかけた仁王だったが柳生につられ空を見上げる。
雲の合間から覗いた太陽。
その傍らには綺麗にアーチ状の虹が出ていた。

「綺麗、ですね。」
「ああ、そうじゃのう。」
「誕生日、おめでとうございます。プレゼントは…あの、後日でいいですか?」

少し落ち着いた柳生はお祝いの言葉を言い直し、カバンの中のマフラーの存在を思考から消し去る。

「そんなん、お前がいればなんもいらん。」
「え…?」
「俺にとって最高のプレゼントは柳生が隣にいてくれる事ぜよ。プリッ」
「そんなの、いつもと変わらないじゃないですか…!」

仁王に言われたプレゼントにツッコミをいれながらもすごく嬉しいと思った。

「ホントお前は…鈍感じゃな。これからも、ずっと俺の隣にいてくれっちゅー事じゃよ。」
「じゃ、じゃあ…、仁王君も、私の隣にいてくれるんですか?」
「それは…比呂士さん次第じゃのう」

けらけらと笑いながら返事を返した仁王につられて柳生も同じように笑った。


―――――――――――

柳生のペンギン的な折り畳み傘が可愛すぎます。(テニプリ40.5巻参照)

'09.12.4

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