捧げもの 弑歌さまへ(出夢・理澄夢) 暇すぎたから、フローリングの冷たい床に背中を預けて足をソファーに乗せ、手を伸ばして天井を仰いでいれば、ひょいっと覗き込んできた影が空中をふらふらする私の腕を掴んできた。 指の間にするりと入ってきた細長い指が、そのまま私の腕全体を絡めてソファーの上へと降りてくる。 私の足の間に膝を落として、そいつもフローリングの床に手を置いた。 床に溜まる長い髪から垣間見えた獣のような瞳は、何に例えたらいいのかわからない。 「何?」 「何も」 低い声のトーンは拗ねていたのかおどかしているのか。 女の子の声帯に相応しくない声色に、不覚にも肩が跳ねた。 「理澄ちゃんは?」 「買い出し」 もう帰ってくるよと、そいつは目を細める。 まるで猫のように妖艶に。 それは狐のように小賢しく。 悪魔と見間違える殺意と殺気。 あたかも天使を忘れる純真と純心。 恐ろしいのに愛しく溢れる暖かい安心感に、緩んだのは頬だけじゃない。 気の緩みが、警戒心を解いてしまった。 「……っ!い、ずむ」 ただ重ねられただけの唇に一片の抵抗も抱かずに、私から長い艶やかな髪が離れた。 「……好き」 淡々と紡がれた言葉に、どう反応するのが正解なのかわからなくて唾を呑む。 何を言い出すのだろうか。長引いている残暑に、頭でもイカれたのだろうか。 「……知ってる」 ようやっと吐きだした私の言葉を絶望と捉えたか否定と受けたか拒絶と感じたか、そいつは力なく元気なくそして光を宿さない目で小さく「ぎゃはは」と喉を絞り出した。 そのまま私の首筋に頭を埋めてくるものだから、汗ばんだ肌とそれらを吸い込んだ髪の毛が顔にかかってきて煩わしい。 「名前、好き」 いくら言葉にしても、自身の想いが伝わらないことを知っているみたいに、出夢は「好き」と繰り返す。 私はもうそれに答えなかった。 「ただいまなんだねー!」 そんな声と一緒に玄関が閉まる音がリビング内に乱暴に響いた。 お姫様のご帰還だ。 「出夢、どいて」 「…………」 「理澄ちゃん帰ってきたよ」 無反応のまま私の首に腕を回して動かない出夢にため息が隠せない。 「怖い夢……見た」 「うん?」 「理澄が殺されて、僕はそれを利用して逃げるんだ」 「……うん」 「その世界には、名前は居なくて」 「……」 「僕は一人に、……やっと独りになれたのに、でも、それが怖くて」 とても、寂しくて。 最後の言葉は私の耳が掬い上げるにはいささか細やか過ぎて聞き取るに至れなかったけれど、出夢の声の震えは確かに私の鼓膜を揺らした。 「だから僕、今がとっても幸せなんだ」 「……出夢」 「名前も理澄も、此処に居るから」 表情は見えないのに、言葉は淡々としているのに、出夢の口角が上がっている気がして、私はゆっくりと瞼を下ろした。 「私も、幸せよ」 出夢がいて、理澄がいる、この現状が、現実が、愛しくて堪らない。 「あれっ何してんの兄貴っ名前姉さんっ!」 リビングに入ってきた理澄は、テーブルの上に買ってきた袋をのせて、ソファー下で横になっている私たちを覗きこむ。傾げられた首に、絡まることのないさらさらな髪の毛が視界を塞いだ。 「おいで、理澄ちゃん」 出夢が動いてくれそうもないので、そのまま理澄へと手を伸ばせば、弾けてそのまま太陽に嫁入りでもするをじゃないかと思うほどに明るい笑顔をさらして、理澄は私と出夢の上にのしかかってきた。 「名前姉さん大好きっ!兄貴寝てるのかな!」 「ふふ、大丈夫、狸寝入りよ」 生きている、命の重みだ。 「あいしてる」 誰からともなく呟かれた言葉が、空気に溶けて耳を撫でた。 終わらないと信じてる (この、ありふれた日常が) ――――――――― あとがき お待たせしました弑歌さま。 2つ目のリクエスト消化完了でございます。 あれ、ほのぼのしてますかこれ。そもそもほのぼのってなんだかいまだよく分かっていない赤色こと日和でございます。 そして理澄と出夢夢にするはずが、異様に出夢がでしゃばり過ぎました……。 すみません文章力不足です。精進します。 さて気が付けば弑歌さまがこのリクエストをして下さってから一年が過ぎ去りましたすいません。いくら頭を下げても下げ足りません。 大変おそくなりましたが、よろしければお納め下さい。 では、赤色こと日和でした。 2010 09 11 土 [*前へ][次へ#] |