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捧げもの
ゆき様へ(萌太夢)


雨に濡れた少女は酷く不安定に視界を揺らがした。




こそ仰ぐ価値を





「何をしているんですか」


いつから立っていたのかわからないくらいに服をびしょびしょにした少女は、僕が差し出した紺色の傘を見上げ、「おかえりなさい」とこちらを向き直った。


「今日は早かったんだ」
「生憎の悪天候で。もう上がっていいと言われました」


小さく肩を竦めれば、少女はまた傘から一歩外に出ては雨に打たれ始めた。
ざぁざぁと音を立てるこの雨が、どうやら気に入ってしまったらしい。


「風邪引きますよ」


だからといって、いくらこの雨を気に入ろうとも、それで見て見ぬ振りをしたまま僕一人だけ傘を差し続ける訳にはいかなかったので、僕もまた一歩前に足を踏み出し少女の小さなずぶ濡れた体を傘に閉じ込めた。


「あのね、あのね、私、雨に濡れていたの」


見れば分かります。

呆れたようにため息を吐いて(まぁ実際本当に呆れているのですけれど)僕は、僕を見上げてくる少女の雨水だらけの顔をあまりきれいとは言えずとも確実に乾いている作業着で拭った。

「なんで雨に濡れていたんですか」

そう問いかければ、少女はふるりと頭を振って髪を滴る水分を飛ばし、僕の胸に顔をうずめた。

「ペンキ臭いですよ」と半笑えば、「平気、萌太の匂いよ」と少女は小さく笑った。



「萌太はね、とても温かいから、私はもっと冷たくなりたかったの」


ぽつりと、降りしきる雨に掻き消されてしまいそうなほどか細い声で、少女は僕に抱きついてきた。


「ほらね、萌太はこんなにも温かい。なのに私が冷たくないせいで、少ししか萌太の温もりを感じれないの。だから私、雨に濡れて冷たくなろうとしていたの」


ともすれば、それはあまりにも幼稚で、考えの及ばない言葉だったのだけれど、しかしその意味合いのなんと愛しく嬉しい含みであることか。


「それなら、もっと効率的に体が冷たくなる方法、教えて差し上げましょうか」


今更な気恥ずかしさに、僕が抱きつく少女の耳元で照れ隠しにそう囁けば、少女は濡れた瞳で僕の後ろの景色を捉える。



「あなたが死ねば、体はみるみる冷めていきますよ」
「……本気で言ってるの?」
「まさか。ってゆーかそんなの僕が許しません」



少女の言葉に肩をすくめて応えれば、少女は「私だって許さないわ」と、目を細め僕を一睨み。
ああ、機嫌を損ねたかな、とあやすように優しく腕を回して抱きしめれば、わずかな殺気すらも消えて少女は僕に身を委ねた。

随分と冷えてしまったその体に、僕の温度は一体どれだけ染み込むというのだろうか。もういっそのこと一つになってしまえたなら、きっと僕らの体温が混ざり合って誰にも負けない温もりをつくれるというのに。
ああ、僕らを隔てるこの体が煩わしい。


雨は弱まるどころか更に激しさを増し、地面を打って足へと跳ね返る。



「一緒にお風呂でも入りますか」
「……うん」


僕の左側に並んだ少女はきゅっと作業着の裾を握って「寒い」と呟いた。



「名前?」



急に動きを止めた少女を気遣い、空気に溶けていきそうなほどに小さく小さく少女の名前を呼んでみれば、少女はその声を聞き漏らすことなく僕の作業着の裾をくいっと引いた。

それは少女のおねだりの形。

可愛らしくて愛おしくて胸を占め尽くす熱い感情と、脳内をぐるぐるぐるぐると練り回る確固たる想いに我ながらなんと恥ずかしい、と頬が緩む。

少女に答えるように唇を重ねれば、そこからは確かに少女の体温を感じ取った。


一緒にお風呂に入れば、僕らの温度は混ざり合う。冷たい雨をも沸騰させてしまうだろう。



「萌太、何笑っているの?」
「さぁ……、よくわかりません」


雨が視界を彩る中、僕は傘を少女に傾けて、濡れる右肩を誇りに思った。



(貴女をべたべたに甘やかせるから、雨の日が好きなんです)

――――――――――――――あとがき


大っ変お待たせいたしましたゆき様!

萌太にでれでれに愛されるってどんなんだろうなんて考えているうちに出来上がった話ですが、果たしてご要望通り甘くなっているか疑問です。
甘いよ!と言い張らせてください。日和にできる最大限の甘さはこれが限界でした。


やっとこさ梅雨入りしたらしいですねってんで、場面が雨だったんです。

蒸し暑い日々が続きますが、どうぞ体調を崩されませんよう。


では、ゆき様に捧げさせていただきます。お待たせいたしました。


2010 06 18 金 日和

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