捧げもの カナリア様へ(萌太夢) 体中のあちこちが、まるで腐敗してしまったのではないかと、覚束ない頭の隅で、ふと、そんなことを思った。 カッターともハサミとも区別の付かない、鋭利な刃物で付けられた切り傷が、手首を中心に身体を這っていて、時に石ころ時にはバッド、もう覚えて居られないほどに数え切れない数多の鈍器が、いたるところで痕を残している。 何故自分がこんな目に合っているのかがわからない。 やり返すことが、出来ないわけじゃない。しかし抵抗しようとすれば、信じられないほどの激痛が私の頭を襲うのだ。 苦しいとか、辛いとか、そんな感情はとうの昔に消え去った。 家に帰れば父親の罵倒に暴力。 母親はいなかった。 ここは地獄。 天国を私は知らないけれど、こんな地獄よりは遥かにマシな空間を、私は知っている気がした。 無機質な壁に背中を預けて空を仰ぐ。 雨でも降ってくれたなら、私の体は綺麗に洗い流せるのに。 路地裏の空は、酷く狭かった。 狭い世界に見えた救いの手 「見ーつけたぁ」 「っ!?」 頭上から降ってきた声に、体が勝手に反応して震えた。 「名前ちゃん……、探したんだよぉ」 顔を上げるのが怖くて、視認すらが恐怖で、ガタガタと馬鹿みたいに動かない私に、彼女は耳元で囁いた。 「手間取らせやがって」 ガンッ!と頭を掴まれたままコンクリートの地面に勢いよく振り落とされた。 頭が、熱い。 流れる液体が何かだなんて、考えたくもなかった。 「さてと、ゴミ拾いかんりょー。みんなに電話しなきゃだわ」 まるで何事も無かったかのように、彼女はポケットから携帯電話を取り出していた。 「もしもし?私ー、今ゴミ拾ったと」 「邪魔ですよ、ドブネズミ」 「え、……あ、ああ゛ぁ、まっ!っあああああああああああああああああああああああ!」 「……っ」 路地裏に響いた彼女の叫び声に、気が揺れる。 何事かと、痛みに悶えて朦朧とする意識の中、彼女を視界に捉えた私はただ唖然と地に伏しているしかなかった。 彼女の体は、胴体から切り離されていた。 「やっと見つけましたよ、昔の名前……」 「……え、あ……貴方、誰……」 私を見下ろす誰かは、笑っているのか泣いているのか解らなかった。 「人殺しっ!」 「っ!?」 翌日、教室の扉を開いた私に投げつけられたのは歪に曲がった椅子だった。 「い、た……」 「昨日から浅水の姿が見えないのよっ!昨日!アンタを見つけたって電話きてから!アンタ!浅水をどうしたのよ!」 ガンガンと鉄パイプを私の背中に叩きつけ、怒鳴る女生徒は浅水、と、聞き慣れない名前を口にした。 浅水?誰だろう。そんな人、知らない。 知らない人の為に、私は殴られていると言うのか?納得がいかない。理不尽だ。 ああもうああもうああもうっ! ぶちぶちぶち!と、それは私の肉体が裂かれる音なのか、それとも窓を割って入ってきた赤い外車らしきものの運転手の赤い般若のような形相の赤色の化け物の血管が切れた音なのか、恐怖と痛みで失いかけた意識をなんとか留まらせて、私はそれに視線を向けた。 教室中に響き渡る悲鳴をかき散らして、その、赤色の化け物、は、私を椅子で殴っていた、女子生徒を、目にも、止まらぬ速さ、で、黒板へと、叩きつけた。 「……っ!」 黒板が、赤く、彼女の色に、赤い化け物の色に、染まっていく。 だらり、だらりと。床に音を立てながら、崩れ落ちる体は、もはや人間の形をしていなかった。 教室から、生徒たちが助けを求めて跳びだそうとして、吹き飛ばされて帰ってきた。 後ろの扉から、昨日の、一応私を助けてくれたのであろう美少年が、「誰一人此処から出られませんよ」と、死に神さながらに笑って立っていたからだ。 憶測だけれども、この学校に生き残っている人間は、この教室で最後なのではないかと、ひとたび背筋が凍った。 窓から逃げ出そうにもここは四階。本来ならば車が突っ込んでくるなんて有り得ない高さ。飛び降りれるわけがなかった。 動かない体に鞭打って、呻きながら仰向けに転がる。 見上げたそこに、赤い化け物がいた。 化け物は、にやりと笑って、私の傍らに屈み込んでそしてもう一度笑った。 馬鹿にしたように、けれどどこか安堵を込めて。 嘲るように、けれど僅かにいたわりを込めて。 赤い化け物は、泣きそうな顔で苛立ちを込めた声で、にやりとシニカルに笑った。 「いいザマだな……、あぁん?昔の名前……」 「…………、う、ぁ」 貴方は誰ですか。と、言葉が出ない。 昔の名前とはなんですか、と、言葉が出ない。 喉が、焼けるように熱くて、視神経が、燃えるように熱くて、心臓が、爛れるように熱くて、体中が、まるで火傷してしまったのではないかと思うほど、心が歓喜に踊った。 苦しいのに嬉しくて、痛いのにそれすらも喜びで、私の体を覆うものは、紛れもなく安心感だった。絶対的な、圧倒的な、その存在感が、私に安息を生み出していた。 「聞いたところによると、お前……、記憶喪失なんだってな?脆いもんだよなぁ、ん?昔の名前」 苦しみにかすれた声が、頼りないか細い声が、赤い化け物から聞こえて、何故か涙が溢れた。 「こんな糞餓鬼どもの躾すら満足に出来ねぇなんてよぉ、……なぁ、美少年からもなんとか言ってやってくれよ」 振り返る赤い化け物に釣られて美少年の方に視線を向ければ、総勢27名のクラスメートが(何人かは突っ込んできた車の下敷きになっているだろうが)、一人残らず首を斬られて死んでいた。 それを恐ろしいと思わなかったのは、そのクラスメートたちが私にそれだけの事をしてきたからせいせいとしているだけなのか、それとも本当に私が彼らを知っているからなのか。 答えは出なかったけれど、差し出された美少年の左手に、手を重ねることで彼らに応えた。 ぐい、と引き寄せられて、でもそれが、何より幸せだと感じた。 「帰りましょう、昔の名前……みんな、待ってるんです」 何故涙が流れるのか、何故胸が焦げるように熱いのか、何故、こんなにも彼を愛しく思うのか、失われた記憶とやらを思い出したなら、その答えに行き着くのだろうか。 少しして教室に入ってきた殺人鬼と殺し屋が学校中の人間を掃除したのだそうだ。 あの地獄の家は、青色という少女がチームというなんかを率いて潰しに言ったらしい。 未練があるなら止めると言われたけれど、欠片も見あたらなかったので首を振った。 狭い空は、私に広い世界を見せてくれた。 (幸せは、向こうからやってきた) ―――――――――――――― たいっへん遅くなった上によくわからない内容になってしまってすいません! も、貰ってくださいカナリア様っ……! きっとカナリア様ならば理解してくださるでしょうきっと! では、ありがとうございました。 カナリア様に捧げます。 2010 06 04 金曜日 [*前へ][次へ#] |