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沈殿した汚物
11


成海、フルネームは成海良治(なるみ りょうじ)。本人がなぜか名前を呼ばれることを嫌うため学園の生徒は名字で呼んでいる。それがあまりに徹底されているので、成海を名前だと思っている生徒も多い。

成海はスポーツが得意だ。スポーツだけではなく勉強や料理までもが得意である。彼は大抵のものーーーーというより全てのものを卒なくこなすことができるのだ。
そんな彼は、生まれてこのかた苦手なものに出会ったことがない。

「とりわけスポーツが得意だった。その中で、得意ではないと思ったスポーツがバスケだ」
これは成海の言葉である。

つまり、成海という少年はバスケをしない方がより活躍できるということだ。


「成海くんすごいね!」


走り終えて一息つくと、クラスメイトが興奮した様子で声をかけてきた。成海がトラックを一周回り終えた頃にはまだ他の生徒は走っていたし、ぶっちぎりなのは本人にも分かっている。成海は曖昧に笑って、賞賛の言葉を受け止めた。


彼は、すごいと言われることが好きではない。
彼は、なんでもできる。
彼は、なんでもできる自分が好きではない。
彼は、できないものを、見つけたい。


喉が渇く。小さい頃から成海は喉がよく渇く子どもだった。飲んでも飲んでもその渇きからは解放されないので、それが肉体的なことが原因ではないと随分前から気づいている。

今日、村崎は朝から一度も登校していない。担任がまた来なくなったと嘆いていた。
昨日を思い出す限りでも、様子は十分におかしかった。しかも、村崎が連絡なしに学校に来なくなるのも今に始まったことではない。

成海はグラウンドを見渡し、クラスメイトたちの喜色満面な笑顔を目にとらえ、ここには味方がいないのだと漠然と感じた。

ああ、暑い。なのに頭の中はいやに冷たいんだ。


(むらさき……)


ねえ、どこか行くなら俺も連れていってよ。







第2美術室は一般教室とは少し離れた位置に存在する。ただし、隣に普段の授業で使う第1美術室があるのでそこまで辺境の地にあるというわけではない。

明らか教室と分かる第1美術室と違って、第2美術室はなんとなく得体が知れないような印象を潮に与えた。中が完全に見えないスモークガラスのせいだろうか。

吉武がドアに手をかけたが、すぐに引っかかった。どうやら鍵がかかっているらしい。


「四郎ヶ原ァァ、開けろォ!!」


ドンドンドンドン窓ガラスが割れてるのではないかと危惧するほどに吉武がドアを殴りつけている。「そ、そこまでしなくても……」と潮が思わず止めにかかるほどだ。もちろん無視された。

吉武の猛攻撃は止まらない。逆にヒートアップしていくその様子に潮ですらドン引きだ。


「なにー? 吉武クンは窓ガラスを割る気なの?」


そう言って無人と思われた第1美術室から人影が現れた。必要以上に潮がびっくりしたのはその人が軟体動物のような動きをしたからと、顔がとても整っていたからだ。

一見軽薄そうな、影のあるイケメンだ。長めの痛んだ金髪の髪すらその色気を増すアイテムとなっている。耳の大量のピアスが痛々しい。


「会計」

「なにぃ?」

「開けろ」

「んふふ、吉武クンさあ、仮にも先輩よ?」


そしてぐるりと潮の方向振り向くと、目をスッと細めて唇を弓なりに吊り上げた。猫っぽいな、と潮は思った。もっと獰猛そうな気もするが。

そんな会計は吉武と共にある潮を視界にとらえ、ぶはッッと吹き出した。


「はじめましてぇ、ワカメついてるよ」

「は、はじめまして……」

「権野秋風っていーます」

「お、俺は大河内潮! よろしくな!」


いつもの調子で潮は元気よく手を差し出したが、会計はなかなか握ってくれない。ていうか、なんか、見られてる……?


「大河内、潮?」


そう呟いてから、会計は上から下まで潮を観察してきた。考え事をしている顔だ。

握られない手を差し出し続けることにばつが悪くなってきて、潮はそろそろと腕を下ろした。会計は会長や村崎同様、独特なリズムで生きている。なんとなく掴みにくい。

第一印象はチャラくて色気のある人だったけれど、こうして笑っていない状態でいるとどうやら随分利口そうな顔つきをしている。


「Ushio Beschastnykh?」


びっくうううう!と潮が大げさなほど反応するから、会計はついついニンマリと笑ってしまった。腹の底から声を出して笑った。あの会長がただの一般生徒に靡くはずがないと思っていたのだ。




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