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沈殿した汚物
6


隣でイチ先輩がもう1つの飴に手を伸ばし、真剣な顔で包装紙をめくっている。悪戦苦闘の末めくり終わった飴を片手に、村崎にドヤ顔をしてきた。そしてなぜかその飴を村崎の口にねじ込んできた。


「ミルク味とイチゴ味でいちごみるく味!」


もともとミルク味といちごみるく味ですよ、と言いたかった村崎だが口内の2本の飴が邪魔だったので大人しく黙っておいた。なんだかイチ先輩の目が大発見をしたようにキラキラしているし。

舌の上で2本の飴玉を転がした。

イチ先輩たち成海の親衛隊も、例にたがわず制裁と言う名の嫌がらせをする。もちろん成海といつも一緒にいる村崎はその対象者だ。怖いもの知らずのイチ先輩たちは、四郎ヶ原のお気に入りだからといって容赦はしない。
しかもその制裁を企てる筆頭はたいていイチ先輩なのだが、当人は基本こんな無害な感じなので成海も彼との関係には特別目くじらを立ててこないのだ。

加えて制裁の内容も靴箱の中の靴を左右逆にするなど至ってどうでもいいものである。


「なんか今日は成海様おかしいし、お前はやたら成海様から離れないし、なんなの。さっきお前と同じクラスの隊員からホコリと仲良くなってる、って連絡きたんだけど。……ホコリってなんのことだろ」


横目でちらりと村崎を見た後、イチ先輩はホームパイを細かく砕いたものをちまちま口に運んだ。村崎の表情を読み解くなんて高度な技を短気なイチ先輩ができるはずもなく、彼には村崎はぼーっとしてるようにしか見えない。反応を返してくれない村崎にイライラする。

だから、


「さっき、四郎ヶ原六美を見た。あいつはどんどん手の届かない所に行ってるかんじでマジキモい」

「どこにいましたか」


わざと村崎が唯一反応する話題を出した。

まっすぐイチ先輩を見据えてくる焦げ茶色の瞳。痛いぐらい真っ直ぐだ。イチ先輩は「相変わらず四郎ヶ原同様に気持ち悪いなこいつも」という顔を隠しもしない。


「お前には教えない!」


子どもみたいに頬を膨らませてそっぽを向いた。ふんっという鼻息の効果音つきで。

話しかけてきたり冷たくしたりイチ先輩は忙しい。よく分からない人だ。

イチ先輩は村崎同様に小さく、そして日本人にしては少し珍しい顔をしている。村崎がこの浅黒い肌がなんとなく色っぽいんだよな、と見ていると「なに?!」とキレられた。


「先輩ってどこか違う国の血が入ってますか?」

「だったらなに? 」


(あ、大きな目に攻撃的な色が宿った)


村崎は舌の上で2本の飴を転がしながらこの話題は鬼門だったかな、と冷静に思った。思ったからといってさりげなく話題を変えるなんていう高等テクニックを村崎が持ち合わせているはずもないので黙るしかない。沈黙の中、2人して成海の動きを目で追った。

イチ先輩はなおも三角座りをしてお菓子を口に含んでいる。ポッキーすらぼきぼきにしてから忙しなく食べているので、小さくしてから食べるのは癖なのだろう。


「……お前も」


成海がシュートを外した。


「お前もどっか入ってるだろ」


ぶすくれた顔をしている。しかも目は頑なに成海を追いかけていて村崎を見ようとしない。

イチ先輩は攻撃的な態度にはそれはもう小さな体でびっくるするほど攻撃的に返す人だが、村崎にそんな意思はないことを感じて反省したのかもしれない。素直な人だ。そういうところが彼が一癖も二癖もある隊員たちに慕われる要因となっているのだろう。


「おれの目が青かったの知ってたんですか」


弾かれたように勢いよくイチ先輩が村崎の顔を覗き込んできた。村崎は、驚きで棒付きキャンディを落としそうになった。普段はあまり持ち上がらない村崎の瞼が限界まで開いている。


「青くないじゃん!」


そんなことを言ってイチ先輩は怒りだした。その態度で知っていたわけじゃないことが分かった。なんとなくほっとした。

かつて急速に消えていったブルー。

今のブラウンが嫌いなわけではないけれど、ブルーにしかなかったものがあったのだと村崎は思う。


(はたしてあの頃のおれには景色は青く見えていたのだろうか)


「母が、日本人ではありません」


美しい人だった。ただ、母親としては褒められた人ではなかった。

イチ先輩はちょっとびっくりした顔をして、その後「ふーん!」と怒鳴るようにして言った。口はへの字に曲がっているが頬は薄っすら色づいている。理由は分からないが嬉しいらしい。そんなイチ先輩に村崎も頬を緩めた。面白い人だ。

村崎はイチ先輩が嫌いではない。







「むらさき」


声が聞こえる。


「むらさき」


昨日は寝るのが遅かったんだ。もう少しだけ……。


「むらさき」


なあ、お前はなんでおれの名前をそんなふうに呼ぶんだ。おれは別に紫色じゃない。村崎だぞ。


「むらさき、帰ろう」


まだ開ききってない瞼を持ち上げる前に反射のように頷いた。帰る。うん、帰ろう。成海が笑う気配がした。

手を引かれてノロノロと立ち上がった。瞼が普段の数割増し重そうで、村崎の目が糸のようになっている。顔はなんとなく不機嫌そうだ。まだ眠いのか、体がゆらゆら揺れている。

見かねた成海がおぶって行こうか、と提案するも村崎はうんとは言わなかった。村崎は成海と友だちであって親子ではない。





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あきゅろす。
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