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沈殿した汚物
6


ゴッという音と共に馬乗りになっていたはずの四郎ヶ原が村崎の胸に倒れ込んできた。見上げた先には拳を握る会長がいた。物騒なものを握っているにもかかわらず神々しいほどに美しかった。


「大丈夫か」


村崎は完全に意識を飛ばしている四郎ヶ原を抱きしめた。ふわふわのくせ毛に指を通す。幼子を相手にするようにコブができた頭をゆっくりと撫でた。


「だからそれらしい声と顔をしてくださいよ、会長」


涙は出ていない。村崎なりに精一杯平坦な声を意識したが、顔の歪みは隠せなかった。頬が引きつっている。思ったよりもショックを受けている自分自身を意外に思った。

会長は数秒の思案の後、心配そうな顔と声でもう一度「大丈夫か」と村崎に声をかけた。







これは会長と四郎ヶ原が縦に並んで村崎の部屋の前に立つよりも数時間前の話である。

6限目の授業を終えたL組の面々は皆仲良く机に突っ伏し、死んでいた。ホームルームをしに教室に入ってきたL組の担任教師はほぼ全員顔を伏せているこの状況にいつもビクつく。今までにL組を持ったことのない教師だそうだ。居心地悪そうに適当にホームルームを済ましてそそくさと出て行った。


「終わったあぁぁぁ……」


いつものウザいほどの元気はどこへやら、もじゃもじゃ頭、もとい大河内潮も例にたがわず死にそうな声を出して突っ伏していた。

このL組、スポーツまたは芸術推薦者が多く集まる成績底辺クラスである。授業のレベルはそこまで高くないにしても、脳まで筋肉でできてるバカや音符しか読めないバカにとって6限目授業なんてものはレベル云々の問題ではなく拷問に近かった。

まあ、L組以外のクラスは7限目授業もあったりするのだが。それをL組でやっていた時代もあったが、かつてのL組生徒の猛烈な反対と勉強の多さに対する発狂または暴動事件でなくなったのは余談である。


隣で意気消沈している潮の姿に四郎ヶ原はふと疑問が浮かんだ。


「大河内って、編入試験パスしてきたんだからやっぱ賢いんだろ?」


私立桜ノ宮学園はエスカレーターで上がってきた生徒が全体の8割を占める。中、高から推薦ではなく正式に入学する者にはとてつもない難関校だ。試験の問題が曰く「えぐい」らしい。


「はああっ?!」

「おわっ」


血走った目で勢いよく顔を上げた潮に四郎ヶ原がのけぞった。「お、おまえっ、こわっ……!」と四郎ヶ原はドクドク脈打つ心臓を制服の上から押さえている。


「賢いなんて滅相もないッ! バカだよ!もうめちゃくちゃバカだからっ!」

「お、おう……そ、そんな全力でけなさなくてもいいんじゃ……」

「ほんとにもうしんどいこの学校!」


ちなみに「まあなあ」と呑気に笑っている四郎ヶ原はL組最下位、つまりは記念すべき桜ノ宮学園最下位の頭脳の持ち主だ。学年トップの吉武が最終的には過労でぶっ倒れてまでつきっきりで教えたテストで全教科平均21点を取った偉業がある。その平均21点は四郎ヶ原にとっては過去最高得点だったしL組のメンバーにはすげえ! と賞賛されるものだったのだが、残念ながら吉武には理解できない次元の話だった。


「確かにしんどいけどさ」


四郎ヶ原が潮の肩に手を置いた。


「テストなんて2桁さえ乗ればなんとかなるって。あとは出席してるだけで」

「まじで!?」

「まじまじ」


おおおおー! と2人でわいわい盛り上がっている。


「んなわけあるか!」


そう言って2人の後頭部をはたいたのは脱色した髪をワックスでカッチンコッチンに逆立てている見た目不良くんだ。バカ共がっと吐き捨てるように言う。

つり目で強面ながらになかなかに整った顔をしている不良だ。身長も成海や薫よりは低いが通常よりは大きい。というか体重がしっかりあるので迫力が一般人のそれとは違う。眉間にはシワが寄っているし凶悪な面構えをしているが、そこに不良特有の周りの介入を拒む棘のようなものはなかった。

彼は素行が悪くてL組にまで落とされた数少ない希少種だ。素行が悪いと言っても見た目と煙草だけである。おかげでバカしかいないL組で「唯一の理性」とまで称されている人物だ。


「バカッ! んなの四六が特別だからに決まってるだろ!」

「よんろく?」

「あ、それオレのこと」


四郎ヶ原はダブルピースを潮に向ける。潮は驚くべきスピードでその腕をガッと掴んだ。


「っひ」

「なにそれ!」

「ちょ、こわいこわいこわい!」


だからその血走った目やめてぇぇ……、という四郎ヶ原の泣き言が潮に届くことはなかった。


「なにそれなにそれ! 俺、六美って呼んでるのに、なにその四六って!」

「なにって四郎ヶ原の四と六美の六で四六だけど……」

「聞いてないッ!」

「だって大河内が六美って呼ぶな! って言い出したんじゃん」


うぐっ、と潮が言葉に詰まる。


ある日、6限目授業を終えてふらふらになりながら四郎ヶ原が部屋に帰るとなぜかダンボールが大量に積まれていて、もじゃもじゃ頭の少年が「俺は大河内潮! 潮って呼んでくれ。おまえ四郎ヶ原六美だろ? 六美って呼ぶな。今日から同室者になるんだよろしくっ」とまくし立てながら手を差し出してきた。呆気に取られながら四郎ヶ原が流れで握手を返し、その後すばやく荷物をまとめ村崎の部屋を訪れたのはつい先日だ。






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あきゅろす。
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