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沈殿した汚物
1


村崎はそれをとても不思議な気持ちで眺めていた。


「あれは、なに」


隣の成海は返事をしない。この野郎、と足を踏んづけても効果は見られなかった。座っているせいで力が入らなかったのだろう。

村崎の視線の先で、ファンタジーですらあるほどのもじゃもじゃ頭の少年が何やら喚いていた。すごい毛髪量だなあ、というのが村崎の率直な感想だ。それにしても、声もやたら大きい。今時珍しい分厚い瓶底眼鏡は指紋で汚れていて、これでもかと言うほど顔を隠していた。あれで見えているのか甚だ疑問だ。

でも、たぶん、彼は美しい。

肌が綺麗だ。口しか見えていないにしても、その口自体の形が良い。声だってでかいだけでなく、通るからこれほど煩く聞こえるのだろう。


四郎ヶ原ともじゃもじゃ頭の少年のペアを横目にしながら村崎は蕎麦をつついた。村崎は麺類が好きだ。その隣で成海が唐揚げ定食に箸をつけていた。


「むらさき、それ、おいしい?」

「うーん、普通」

「そっか」


唐揚げ1個くれ、と村崎が箸を唐揚げに刺した。明らかに好意ではない声が成海ではなくなぜか周囲から聞こえてきたが村崎は気にしない。成海の人気は今に始まったことではないのだ。

きゃああああ!!!

黄色い悲鳴が鼓膜を貫く勢いで湧き上がった。人だかりで中心地は全く見えない。


「生徒会だよ」


質問する前に成海が答えた。

ゆうと様ー!と相変わらず村崎とは違うゆうと君は叫ばれている。大層な人気者振りだ。

生徒会と言えば、かつて成海がクラブ活動を理由に断っていた。

村崎はちらりと隣を伺う。確かに成海はイケメンだ。汗臭くないし爽やかで、室内競技のせいか白くもないがそこまで黒くもない。身長が高くてバランスがいい。純粋な顔の作りだけなら現生徒会役員には劣るかもしれないが、全身を含むなら成海は生徒会内でも上位に食い込むと思う。そのぐらい成海の全体は均衡が取れている。

ぼーと村崎がその団体を見ていると、メガネの好青年風美形が飛び出してきた。邪魔をするでもなくきちんと避けるあたりマナーのなった群衆だ。訓練された集団行動のようで少しだけ見ていて楽しい。

その好青年からもじゃもじゃ頭に嬉しそうに「うしおっ!」と声がかかった。


瞬間、食堂内が嫌な方向にザワついた。

整った顔のメガネの好青年は、ザワつきなんてなんのその、ニコニコと隣に座る誰かさんを想起させる爽やかな笑顔を振りまいている。ご機嫌な足取りが向かう先は四郎ヶ原ともじゃもじゃ頭のいる所だ。四郎ヶ原の顔が面白いほど引きつっていた。

メガネの好青年ともじゃもじゃ頭で大いに盛り上がっている。始めは四郎ヶ原もびくびく2人を見比べていたが、どうやら自分には一切の関心がないと分かるとあからさまに安堵していた。2人の会話には興味がないのか、四郎ヶ原は食堂のメニューに目を落としていた。

メガネの好青年は時々びっくりするほど恐ろしい顔で時々四郎ヶ原を睨んでいるが、昼ご飯のことで頭がいっぱいの四郎ヶ原は気づいていない。


(あ、気づいた)


ひとしきり喋り終えたもじゃもじゃ頭がメニューに目を移したときだ。四郎ヶ原は「ミニ親子丼にチョコパフェ」と心に決めて顔を上げ、そして悪意しか感じられない顔で睨むメガネの青年にぶち当たった。自分を睨む青年に、四郎ヶ原は二度見した後引きつった顔でへらりと笑いかけた。目が鋭くなる一方の青年。四郎ヶ原がさらにびくつく。

そこにもじゃもじゃ頭が青年に話しかけ、即座に青年が眩いばかりの笑顔を浮かべた。

異様な3人組に外野がざわついていた。


「あいつだれっ?!」

「副会長さまになんて馴れ馴れしさ!」

「そんなことよりあれ四郎ヶ原六美だろ!?」

「いくら生徒会でも四郎ヶ原六美にあの態度はやばいんじゃ……!」


だよなあ……、と村崎は胸中で頷いた。周りの反応と言えば、副会長に対するものよりも四郎ヶ原へのものの方が大きい。


時代の寵児、芸術界の500年に1人の天才、四郎ヶ原六美はもう世界規模の人間だ。嘘か本当か、中3の夏に描いた絵は億近くまでつり上がったと誠しやかに囁かれている。学園はそんな彼を重要視し、あからさまに特別扱いを始めている。そんな四郎ヶ原六美をいじめたとなったら、生徒会のメンバーであってもどうなるかわからない。

あれ。

村崎の箸から蕎麦が滑り落ちた。成海が味噌汁をすする手を止める。


「むらさき?」

「なあ、あいつ、望めば1人部屋にするぐらい学校が喜んでやってくれるよな?」


あいつ……、と成海は村崎の視線の先をたどった。


「四郎ヶ原の家、ちょっと前に倒産してなかった?」

「まあでも、普通に暮らしてけるぐらいの生活はできてると思う」


どうして言い切れるの、とは成海も聞かない。四郎ヶ原の父親が経営する精密部品工場を潰したのは他でもない、村崎の父親だ。


「それは……」と言いかけて成海は口をつぐむ。たぶん、四郎ヶ原は村崎と一緒に暮らしたいのだ。かつてのように。だからいつでも転がり込む理由を探している。だけど、それを成海の口から言うのは流石に哀れというか不粋だろう。


ぎゃああああああ

いやああああああ


という、今までにない規模の悲鳴が上がり、村崎は再度挟んでいた蕎麦を落とし、成海は味噌汁を少しこぼした。

ちょっと尋常じゃない規模の悲鳴の原因を探る。人と人の隙間から見えたのはキスシーンだった。男子校なので当たり前だが、男同士の。





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