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沈殿した汚物
10


村崎は四郎ヶ原のカバンを逆さまにして中に入っていたもの全てを廊下にぶちまけていた。盗まれるような貴重品も入っていないし、超おぼっちゃま校の桜ノ宮学園の生徒が嫌がらせ以外でそんなことをするはずもない。公共の場を散らかす迷惑は考えないようにした。

廊下に歯ブラシや着替えが散らばっていく。

もう一つの鞄の中身もばら撒いておこうかとも思った村崎だが、画材道具の部類は手荒に扱っていいのか分からなかったので止めておいた。村崎は四郎ヶ原本体に怒っているのであって、彼の作り出すものに恨みはない。

仕上げに空のカバンと画材道具一式が入ったカバンを廊下に捨て置いて、村崎は自室に戻った。

だるさに身を任せ、だらしなくソファに寝転がった。不調の原因を考えると、ついつい舌打ちが出る。昨日、四郎ヶ原を部屋に上げたのは完全に村崎の失敗だった。あの顔の四郎ヶ原を前に見てからあまり時が経っていなかったので油断したのだ。周期が速くなっているというよりも、あの気持ち悪い四郎ヶ原が今までの四郎ヶ原を塗り潰そうとしているように思えてならない。改めて考えると恐ろしい事態になってきていることに、村崎は得体の知れない恐怖が迫ってくるのを感じた。

リビングの机の上に置かれていた絵に目を落とす。この絵を荷物と共に廊下に出さなかったのは何も絵の具が渇いていないからだけではない。

何を描いているのかは分からない絵だ。最近は抽象画に凝っていて、村崎の理解の範疇を越えた作品がしばし描かれている。すごいのかすごくないのかは判断できないにしても、なんとなく全体のバランスがいいのだけはよく分かった。そして、何かしらの感情が込められているのが伝わってくるせいで無視できない。四郎ヶ原の作る作品たちには不思議と吸引力があるのだ。

なんにせよ四郎ヶ原がどんどんと手の届かない位置に行っていってるのだけははっきりしている。


両腕を顔の前で交差させて目を閉じた。瞼の裏に太陽の光であるオレンジ色がじんわりに滲んでいた。

遮光カーテンの隙間から降り注ぐ光が心地よい。つい最近まで寒かったのに、急に暖かくなった。桜はじきに見頃を終えることだろう。ああ、まぶしい。瞼の裏のオレンジが鈍く光る。太陽のせいだ。唐突にそう思った。

四郎ヶ原がおかしくなってきているのも、それが分かっていてなお四郎ヶ原を突き放せない自分も、違和感が残る身体も、すべて、太陽のせいだ。太陽があまりに輝いているから。じりじりと肌を焼くから。


ピンポーーン


村崎が夢と現実の間でまどろんでいると、インターホンが来客を告げてきた。村崎は嫌がる瞼を持ち上げ、緩慢な動きで起き上がった。成海だ。村崎がさっきメールを送ったからだ。あれだけでも事情を知ってる成海や吉武、薫には何があったか分かるはずだ。Sクラスにいる吉武や薫が朝から授業をサボるはずがない。そもそもあの2人は人を慰めることが苦手だ。

成海は冷たいけれど、優しい。

吉武なんかはその冷たさに無意識か意識的かは知らないが成海と一定以上の関係を結ぼうとしない。あの冷たいところを嫌がって嫌煙するには、成海は良いところが多すぎるというのが村崎の見解だ。

もう一度インターホンが鳴った。カーテンから覗く太陽は青く澄み渡った空に悠々と浮かんでいた。


「明日も晴れかな」


なんとなくそんなことを思った。





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あきゅろす。
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