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沈殿した汚物
8


子綺麗な顔をした儚い見た目の金髪青年が、四郎ヶ原に掴みかかって怒鳴りつけている場面に出くわした。机や椅子がはちゃめちゃに倒されており、L組クラスメイトは騒動から速やかに離れて見守っている。

桜ノ宮学園はS組からL組という13クラスから成り立っているが、一クラス20人と少人数制だ。成績順に振り分けられるこの学園で、四郎ヶ原は中等部の頃からこの成績最下位クラスのL組だった。四郎ヶ原を訪ねて、たまにこうして成海はL組に来ていたが、ぐるりと見渡すと面々はたいして変わっていないようだった。

今にも仲裁に入りそうな体育教師を銀髪の男子生徒が宥めている。身長は成海と同じぐらいだ。成海に小さく頭を下げてきたので下げ返した。2人とも村崎の友だちではあるが、成海とはそこまで深い関係ではない。


「な、なにこの状況……」


背後から、担任の気の抜けた声がした。成海は冷笑が浮かぶ口元を手で隠した。今回の担任は、随分血の通った人間らしい。


「今すぐ村崎に謝れ強姦魔! そのイカ臭えちんぽちょん切りとるぞォ!」

「その顔でそんな言葉使うなよ! 自分の顔考えて!」

「うるせえ誰が言わせてんだクソ野郎ッ!」

「うわあああ、ちょ、なに握ってんだよ離せえええ」


死にさらせえええ、と怒鳴る美青年。
必死に抵抗する情けない顔の四郎ヶ原。
教師を止める銀髪。
ひっそり冷笑を浮かべる成海。

中等部からの持ち上がり組には、そこそこに慣れ親しんだ風景だ。そこに、異分子が一つ。


「やめろよ! 喧嘩はよくないぞ!」


もっさりした黒髪に瓶底メガネを装着した男子生徒が、四郎ヶ原の襟首を掴む方の美青年の腕を無理矢理引き剥がしにかかった。ぐぐぐぐぐ、とどれだけ力を入れようとも離れないどころかビクともしない腕に、もじゃもじゃ頭の少年は焦ったようだった。その姿にひっそり近親感を覚える担任。

突然の闖入者に、儚げな見た目の金髪の青年がふわりと花が咲くように笑った。鮮やかな唇がゆっくり持ち上がる。


「マリモが人語喋ってんじゃねえ」


もともと静まり返っていたが空気まで凍てついた。

もじゃもじゃ頭の少年はほとんど見えていない顔を真っ赤に染め上げ、ぷるぷると怒りと羞恥に震えている。沈黙を破ったのはぶひゃひゃひゃ、という四郎ヶ原の笑い声だったが、それも金髪の青年が美しいスマイルを保ったまま急所を握る手に力を込めてきたので大人しく黙った。

さらさらの金髪に、病弱を思わせる青白い肌の、儚げな印象を与えるこの青年は、村崎の少ない友だちの内の1人だ。吉武(よしたけ)という顔に似合わないゴツい名前の持ち主で、体育教師を現在足止めしている銀髪とペアで認識されていることが多い。銀髪の名前は薫(かおり)と言い、その両者の名前の似合わなさからよく逆に間違われて覚えられている。桜ノ宮学園の悪名高い問題児コンビだ。


「な、な、な、……あ、謝れよ! 」

「はあ?」

「お、俺、傷ついたんだぞ!」

「そう、別に謝ってもいいけど、僕は君にこれっぽっちも悪いと思っていないよ。そんな中身のない謝罪でもいい?」


あいつ鬼だな、と担任が小さく呟いたのが成海の耳に聞こえてきた。

1限目の開始チャイムが鳴った。成海のクラスも担当している数学の教師が教室のドアを開き、そして無言で閉めた。成海はさておき、吉武、薫、四郎ヶ原はブラックリストに万年載っているような奴らだ。よく学年会議で名前が上がるので、担任も名前と顔は認識している。そんな面倒なやつらと関わり合いになりたくない気持ちは分からないでもないが、同じく教職に就く者として担任は見過ごせなかった。


「ちょっと、山口先生!」


担任が数学教師を追いかけて廊下に出た。何やらこそこそ話し声がしている。それが止んだと思ったら数学教師はいそいそと教室に戻ってきて、黒板に「自習」とでかでか書いて出て行った。ちょっとした歓声がL組内で湧き上がった。

担任が疲れた顔をしてL組教室にまた入ってきた。なんでこの人ここに戻ってくるんだろ、と成海は思わずにはいられない。


「ていうか、君はだれ。部外者は黙ってろ」

「お、俺は昨日からこの学園に来て、今日から登校した、大河内潮(おおこうち うしお)だ!」

「ふーん、転校生ぇ? なら、完璧に部外者じゃん。こっちの事情も知らないくせにしゃしゃり出てくんなよクソが」

「クソっ……!? お、お、俺は、部外者じゃない! そこにいる六美の友だちだ! 友だちを助けるのは友だちとして当然だろ!」


自分をはさんで交わされる会話に四郎ヶ原だけが居心地悪そうに身じろぎしていた。


「こんなのを、友だちにしたんだ?」


突然自分に矛先を戻された四郎ヶ原の肩が跳ねる。恐る恐る顔を上げると、さらさらの金髪を頬に流して小首を傾げながら静かに怒りを表す吉武がそこにいた。


「いや、あの、別に友だちってわけでは……」

「六美、なんて呼ばれちゃってさ。もう村崎のことなんてもうどうでもいいんだ。そうだよね、君には他にこんなにステキな友だちがいるんだから。村崎なんて毒にも薬にもならないようなどこにでもいる奴、君みたいな天才には必要なかったね。ふーん、そっか、六美ねぇー」

「ちがうっ! こいつとはただ同室なだけで!」

「潮って呼べよ! 友だちなんだから!」

「お願いだから今は黙ってて!」


空気が読めない潮に、四郎ヶ原が焦っている。

四郎ヶ原がおそるおそる吉武を伺い見ると、長いまつ毛を伏せて目を閉じた後、キッと睨んできた。

今まで、どれだけ暴言を吐いて殴ってきても最後には必ず吉武は許してくれていた。情に厚い吉武に、四郎ケ原はそんな目をされたことはなかった。四郎ヶ原の目に思わず涙が溜まる。






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