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沈殿した汚物
7


目が覚めると、まず自分がどこにいるのか記憶をたどることから始めた。村崎の寝室は壁紙天井床に至るまで藍色に統一しているはずだ。今見えているのは木目のある天井なので、寝室ではない。

背中はベッドのように深くは沈まなくて、直接肌に触れる毛足の長い敷物がこそばゆかった。その緑の敷物は、父親が高等部の入学祝いに送ってきたものの内の1つだ。村崎はそれをリビングに敷いた。

頭が昨日のことをだんだん思い出してきた。それにつれて身体の節々の痛みが鮮明になってくる。押さえつけられた手首をはじめ、足や股関節、腰も痛い。まだ体内になにか入っているようだ。倦怠感とベタベタした身体が心の底から気持ち悪かった。

端々から不調を訴える身体を無視して起き上がった。四郎ヶ原はいない。荷物は残っているので村崎の部屋に帰ってくるつもりではいるらしい。


「……死ね」


床を殴る。







成海は教室に入り、首をひねった。村崎がいない。席にカバンも置いていないし、どうやら今日は来ていないらしい。昨日の様子からすると今日も来るはずなんだけどな、と疑問が残る。

携帯を見ても村崎からはなんの連絡もなかった。


「おはよう、成海くん」


頬を赤らめながらクラスメイトが声をかけてくる。それににっこり笑って挨拶を返してやると、面白いぐらいに赤くなった。自分の顔の良さには自覚がある。

席に座っていつも通り音を消した携帯ゲームに精を出すも、なんだか落ち着かない。やはり今日、村崎が来ていないのはどう考えても不自然だ。昨日の村崎は学校に興味を持っていたように見えたのに。

いつもよりスコアの伸びないゲームはすぐに止めた。

片肘をついて黒板を見つめる。昨日、めんどくさそうに何度も自己紹介を繰り返す村崎がそこにいた。村崎は、特に国語系の科目の先生に関心があるようだった。今日は担任の授業が3限目にある。遅刻をするぐらいなら休むだろうし、担任の授業がある今日、休むとは考えにくい。

視線を感じてそちらを向くと、女子のような集団が教室の片隅でこちらを見ていた。ひらひら手を振ると悲鳴が上がる。アイドルにでもなったような奇妙な現象だった。

やはり迎えに行こう、と成海はカバンを持って席を立った。


「あ」

「いやいやいやいや! おまえ、なに平然と担任を押し退けて教室を出ようとしてるんだよ? チャイム聞こえなかったのか!」

「トイレです」

「カバン持ってトイレとかもっとマシな嘘つけよおおお!」


成海が担任を見下ろしながら面倒なことになったと内心頭を掻いていると、ふいにポケットに入れた携帯が震えた。

発信元は村崎だ。メールだった。


「学校では原則携帯の使用は禁止!」


担任が成海の手の中から携帯を取り上げようとするも全く動かなかった。ぐぐぐぐぐ、と本気で力を入れるがビクともしない。それどころか平然とメールフォルダを開いてみせた。担任が口端をひくつかせる。先ほどより本気になって担任は携帯を奪おうとするが、とうとう成海の手から離れることはなかった。

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四郎ヶ原、殺して
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その簡潔な文面をつい見てしまい、担任が固まった。

その時、ダダダダダと廊下を駆けて行く2人分の足音が風のように過ぎ去っていった。方角からして足音の主たちは四郎ヶ原のいるL組に向かっているのだろう。S組の副担の体育教師が鬼のような顔でそれを追いかけていく。

成海はもう一度一斉送信になっている村崎からのメールに目を落とした。これは相当お怒りに違いない。

四郎ヶ原は今頃遠くS組からわざわざ走って来た2人に締め上げられているところだろう。メールも来たことだし一度L組まで行ってから、村崎の元に向かうことにする。携帯を触れるということは少なくとも死んではいないということだ。成海には見られたくないこともあるだろうし、最低限の隠せる時間は与えた方が良い。

成海はカバンを肩に掛け直して、ドアの前で邪魔になっていた担任の体を軽く押して廊下に出た。


「あ、わり」

「いえいえ」

「って、違う! 待て待て待て!」


担任はすでに廊下を歩きだしている成海の肩を掴む。それを意図もたやすく振りほどき、成海の歩みは止まらない。担任は慌てて近くにいた生徒に名簿帳を渡し、「出席確認頼む!」と無理矢理押し付けた。

えええ、と気弱そうな少年は悲痛な声を発した。


「ぎゃああああああぁぁ……!」


遥か遠くのL組から四郎ヶ原のものと思しき悲鳴が廊下に響いてきた。

大股でゆっくり歩く成海の大きな背中を担任は小走りで追った。担任の頭には今のメールと昨日の放課後の村崎の顔、それから中等部の先生陣から渡された生徒調査書の内容が渦を巻いていた。


村崎ゆうと
少々協調性に欠けるが、学校生活において支障はない。真面目ではないと言っても非行に走ることもなく、どうやら自由を好むだけのようだ。親御さんの要望もあって、限度を持って好きにさせている。また、四郎ヶ原六美が村崎ゆうとを大変気に入っている。それゆえ問題を起こすことがしばしば。当人間の問題ということで学校側は関与しない。






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