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One's own dimension
 
 ココアの香りが部屋を充満する。
 ブラインドを上げて窓を開けて、甘いココアの香りと朝の空気を入れ替える。
 少し肌寒い風が横を通り過ぎた。


「もう、3回目の秋になるんだ・・」


 彼がここからいなくなって2年。もう少しで3年になる。
 帰ってくる見込みはない。


 基本この家から出ない俺は、外で起きてる事件なんて2次元と同じくらいにしか思えていない。
 現にこの世に存在しているのに、部屋の向こう側はすべて2次元だ。


 これも、彼がいなくなってからだ。
 唯一、人と接する機会があるのは頼んだ食べ物や服を持ってくる宅配のときだけ。
 と言っても、それを持ってくる人とも会話は最小限なんだけど。


 うぅーっと、背を伸ばして自分の"持ち場"へと向かう。
 持ち場と言えどただ単にPCが数台置かれている部屋なのだが・・・
 ここで俺の仕事が始まる。



カチッ・・カチッ・・カチッ・・
カタタタタッカタタッ・・・カチッ


 テンポ60のリズムと俺の打つキーボードの音が混ざる。
 程よい温度の中、ふと、そろそろ荷物が届くころではないかと思った。
 丁度お米も底をつく頃だ。今日か、明日には届くだろう。


 それから数時間が経ったのか、時間感覚がおかしくなってしまったこの部屋に久々のインターフォンが鳴った。
 今日だったのか。
 それだけ思って玄関へと向かう。


ガチャッ


「・・・はい。」
「宅配・・・です・・・」


 バイトの子だろうか、俺より背は高いが今まで来ていた誰よりも若く、少しおどおどしている。


「・・・あの、」
「え?あ!すいませ、えっと・・・」


 耳に残る心地いい声をしていた。
 ただ、緊張なのか不慣れなのか、一向に荷物を渡してくれない。


「代金9804円になります。」
「はい。」
「えっとー・・196円のお釣りです・・・?」
「・・・なに?」
「・・・や、宅配ってこんなこと言うかなって・・・前、俺、コンビニ店員だったから。」
「・・・まぁ、いんじゃないかな」
「そっか。あ、えっと、遠藤のおばちゃんがー」


 遠藤のおばちゃんと言うのは多分最近ずっと来てくれていたおばさんのことだろう。
 てっきり今日も彼女かと思っていた。


「引越ししちゃって、体には気をつけてねって言ってました」
「そっか。うん。ありがとう」


 彼女は俺の生活をよほど心配していたらしい。


「それじゃ、ありがとうございました」
「はい。」


 レシートとお釣りを着ていたカーディガンのポケットに入れて、大きな段ボールの箱を移動させる。
 買ったものと中身を確認しながら、キッチンとリビングとを行ったり来たりする。
 やっと片付け終わってお釣りを財布にしまおうとしたときに気付いた。

 レシートのほかにもう1枚白い紙がある。

 謝ってもう片方・・受取サインの書かれた方まで渡して来たのかと思ってヒヤっとした。
 こんな失態ばれたら大変なんじゃないのか―――

 そこまで思って気付いた。
 どうしてさっき会ったばっかりのあのバイト君を気遣っているのかと。
 というよりも、なんでこんなにも彼は俺の中に馴染んでいるのかと。


 ハッとしてそのもう1枚の紙を見た。
 そこには、きれいな字で書かれた080から始まる11桁の数字と、
 『本間竜也』という名前。


「ほんま・・・りゅうや?」


 どうやら、彼がわざと残したものらしい。
 どうしてこの俺に?会ったことも話したのだって今日が初めての俺に、何故?
 疑問が浮かぶ。
 それでも、嫌な気がない自分がいた。
 仕事が片付いたら掛けてみようか、なんて悪戯めいた気持まで芽生える位に。


 どうやら、俺の、俺だけの3次元の世界にもう一つの立体が飛び込んで来たようだった。


 



あきゅろす。
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