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雨ふり烏の長い髪 数分後(HQ:黒日←研)
騒がしく人が行き来する東京駅を出た所で、壁に背を預けてこちらを睨んでいる幼馴染みを見つけて、黒尾は頬を引きつらせた。
「ずるくない?」
声を荒げることは、ない。しかし、ぼそりと不平をこぼす弧爪に黒尾は堂々と返す。
「ずるくねーよ」
先程、宮城に帰る日向を見送ったところだった。
弧爪は視線を雑踏に向けて、溜め息を吐いた。黒尾はそんな幼馴染みを通り過ぎた。弧爪はゆったりと黒尾の後を追って隣に並んで歩き出す。
「…いつから気付いてたんだよ?オレん家に翔陽がいること」
「…クロに電話した時」
「……恐ろしいなお前は、ホント」
電話越しで、この洞察力だ。この幼馴染みには敵わない。黒尾は鳥肌が立っていた。
あぁ、だからかも知れない。昔から黒尾はこの小さな幼馴染みにめっぽう弱かった。日向とは別の意味で弱かった。
それは弧爪のこの非凡すぎる洞察力と観察力と勘の良さを誰よりも知っているから。心底それを尊敬し、恐ろしいと感じているからかも知れない。
これだけの体格的有利がありながら、黒尾は弧爪を相手取ろうとは思ったことはない。
そう、今までこの小さい幼馴染みに勝てると思ったことはない。ただの一度もだ。しかし、今回だけは。
「今回だけはオレの勝ちだ、研磨」
弧爪は弾かれたように、斜め上の横顔を見上げ、眉を寄せた。静かに唸る。
「警察に通報しても良かったんだけど」
「でもお前はしなかった。そうだろ?」
「…できるわけないよ」
そうだ、できるわけがない。
黒尾に語ることはなかったが(そんなのは癪だ)、実は弧爪は黒尾が日向翔陽を匿っている間に、内緒で日向に接触していた。
*
昼間の公園は子供たちがいないと、少し寂しいものだった。
「…翔陽…」
「…研磨」
季節はもはや春も終わりと言ってもいいのに、どうして今日はこんなにも寒いのだろう。
隣でブランコがきぃきぃと音を立てた。
弧爪は姿がすっかり変わってしまった日向を眺めた。日向はその視線から逃れるように顔を背けた。
「…やっぱりクロが翔陽を匿ってたんだね…」
「……」
弧爪は日向を怯えさせないようにゆっくり近付くと、優しく引っ張った。
「…帰ろう、翔陽」
日向はゆるく首を横に振った。
「どうして?……帰りたくないならさ、オレん家に来てもいいから…。クロのことは気にしないで大丈夫だから」
「行かない」
ここまできっぱりと日向に拒絶された経験のない弧爪は膝が抜け落ちそうになった。
「…な…んで」
自身を守るようにオレンジ色の長い髪が風になびいて、日向の身体に巻き付いた。
その髪の隙間から、同じくオレンジ色の、少しくすんだ瞳がしっかり弧爪を見つめて、日向は放ったのだ。
「研磨にはわからないから」
*
何もない空間に日向の少女になってしまったかのような後ろ姿を思い出しながら、弧爪は記憶を改める。
バレーをさほど愛していない自分では、無理だ。つまり、そういうことだったのだろう。
あぁ、でも。
「バレーは好きでも嫌いでもない。けど」
隣の逞しい顔の幼馴染みに視線を移して、弧爪は宣戦布告した。
「翔陽のことは好きだ。だから、クロにもやらない」
「諦めろ、研磨」
口元をゆるめながら、弧爪に視線を向けもしない。
青い空の向こうの、オレンジの少年に想いを馳せる黒尾に、弧爪は口を尖らせ呟いた。
「やっぱり、ずるい」
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