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ブランケットを取ってきて。(進撃:リヴァエレ)
リヴァイが初めてエレンを視認した時、表情にこそ出さなかったが(それこそが己の美点だと考えている)、頭が痛くなった。
エレン・イェーガー。巨人を精製する子供。
資料を先に読んでいたから、わかっていたことだが、本当に子供だったのだ。
いや、確かに調査兵団は十代が少なくはない。兵士であることを考えると、大人として扱うべきだろう。しかし、エレンが精神的に成熟しているとは到底思えなかった。
そう、目の前の、机に上半身を倒して寝てるエレンを見ていると余計にだ。
リヴァイは自分が部下や他の調査兵団員から良くも悪くも畏怖されていることを知っていた。
リヴァイの方から入室したとはいえ、気配を殺していたわけじゃない。この自分を前にして、緊張感など微塵も感じさせずに涎を垂らして夢の中にいる子供を見ると、自身の認識が間違っているのか、それとも新人の躾が足りなかったのか疑ってしまう。
リヴァイは教育の名目で、エレンの頭に鉄槌を加えてやろうと、腕を振り上げて………ピタリと動きを止めた。
エレンの、幼い寝顔を見て。
僅かに眉を、寄せた。
(オレの前でそんな安心して寝るなよ、エレン)
瞼を閉じて、ため息をつく。
(オレはいつかお前を殺すんだぞ)
エレン・イェーガーが暴走した折りにはリヴァイが責任を持って殺害する。
自分に与えられた仕事は、人類最強の冠を持つ者にふさわしく思えた。部下の不始末の責任をとるのは上司の役目だ。
しかし、リヴァイは30余年を生きてきたが。
部下に手をかけたことは、まだ無かった。
自信がないわけでは、ない。リヴァイほどの熟練者になると、心の有り様をコントロールする術を身に付けている。だから、その時が来れば(エレンが暴走する事態のことだ)、おそらくスイッチの切り替えのように、何の躊躇もなく、エレンを部下から敵にと見なすことが出来るだろう。
だけど、どうだ。普段のこの自分の有り様は。
リヴァイは、エレンが全幅の信頼を自分に寄せる度に、苦しかった。
苦しがった。
あまりの苦痛に、今、殺してやろうかと思うほどだった。
そんな焦燥を、懊悩を、エレンは知らない。
リヴァイはそのまま、刃へと手が伸びそうになる自分を御して、エレンの頭に拳を叩き下ろした。
「がッ!!」
「起きろグズ」
「へっ…兵長!!」
「いい御身分だな。昼間っから寝腐れやがって」
「すっ…すみません!!」
「掃除は終わったのか?他の連中はどうした?」
「掃除は終わりました。その後、訓練を受けてたのですがハンジ分隊長に途中で検査をさせられ……いえ、していただき、分析結果が出るまで待機しているように指示された次第です」
エレンがたどたどしく説明をする。年相応な姿だった。自分にも、こんな時期があっただろうか。もう思い出せなかった。
「……分析結果はオレが先に訊いておく、お前はオルオの元に行け」
「はいっ!!」
エレンが慌てて、部屋を出ようとする。背ばっかりが伸びて、肉がつかない細い肢体が扉の向こう側に消えようとする瞬間、リヴァイはエレンを呼び止めた。
「エレン」
「…はい?」
「………お前、死ぬのが恐いか?」
あの金色の、夕日が当たる稲穂の色のような目が、光ったように感じた。
「生きる為に死ぬのなら、恐くありません」
壁の内側で、青い空と、変化のない日常と、夢を語る本だけを読んで短い生を過ごすのは、死んでるも同じだと、エレンは言うのだ。
そんなエレンにリヴァイは言いたくなる。
――しかしな、エレンよ。
内に留まることも、悪いことばかりじゃない。短いといっても、外に出るよりは断然長い生だろう。若く、野望を秘めたお前には解らんだろうが、少なくとも外の絶望は、何時だってオレらの蟻の糞ほど希望を見逃さず捻り潰す。そもそも、お前の目の前にいるオレ自身が、お前にとっての絶望だと思わないか。なぁ、エレンよ。
リヴァイの動きがないのを見て、エレンはすごすごと引き下がった。扉が閉まるのと同時にリヴァイは机に手をついた。ギシッと軋む音がした。
エレン・イェーガーは最終的には殺される。
暴走しようと、肉体を操作出来ようと。
壁の外の巨人を、全て駆逐する悲願を達成出来たとしても、最後の巨人(エレンのことだ)はどうなる?国は、人類は、駆逐せずにいられるか?
無理だろう。最終的にエレンは信じた人類に殺されるのだ。豚共に殺されるくらいなら、自分が殺してやりたいと、リヴァイは思う。そうあるべきだと、思う。
しかし、エレンは生きる希望を捨てはしない。相手が誰だろうと戦うだろう。なら。
絶対王政を瓦解させる。それか、遠くにエレンを逃がすしかない。
エルヴィンを含む上の連中では暗黙の了解だった。
リヴァイは目の前の扉に、先程のエレンの後ろ姿を思い出し、奥歯を噛み締めた。
そうだ、エレン。オレは敵になったお前を容赦なく殺す。しかし、それまでは。
お前を生かす為に、全力を尽くす。
それが上司というものだ。
エレンを前にした時のは苦痛は、苦悩は、永遠に消えないだろう。
それでもリヴァイは恐らく、エレンの信頼を永遠に裏切らないのだ。
ちゃんと守ってやるし、ちゃんと殺してやる、だから。
(何度だってオレの前で寝ればいい)
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