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GANTZ長編小説
同族
玄野はスピードの中に身を置きたかった。かつて彼がヒーローで、誰にも追い付けないスピードで世界を走り回っていた時のように。

玄野は目を閉じる。
頭の中ではネギ星人と田中星人を倒した時の映像が流れていた。

あの部屋に行きたい。

行って戦いたかった。あれほど恐ろしかった戦闘に今では焦がれている。たが、不思議と嫌悪感はなかった。そんな自分に苦笑いした。


そりゃ岸本も出ていくだろ。オレと加藤は違いすぎる。


数日前に傷付けてしまった彼女を思うと苦しかった。会って謝りたかった。だけど、その謝罪にどれ程の意味があるだろう。例え、彼女が帰って来ても玄野の失恋の事実は変わらないのだ。それどころか、岸本と玄野には圧倒的な認識の違いがある。玄野が岸本に稚拙で若いとはいえ淡い感情を持っていたという事に彼女は全く気付いていないのだ。結局遅かれ早かれ、ぶつかる結末だったに違いない。

それでも、会いたかった。

玄野がベッドに横たわり、物思いに耽っていると寒気がした。思わず笑う。起き上がって、急いでスーツに着替える。待っていたのだ、この時を。

何星人だろがッ…ぶち殺してやる。

速くなる心音と熱くなる血を止める事は不可能だった。



ガンツの部屋には新顔の数人と、西がいた。
知ったかをした坊主が偉そうに講釈を垂れている。玄野は黙ってコスプレ野郎を演じていた。西が此方をずっと見ていた事に気付いていたが、深く考える間もなく加藤や岸本が転送されて来た。
そして、玄野は自分の考えの浅はかさを知った。玄野を少しも意識に入れず、加藤と乙女の雰囲気を撒き散らしながら喋り続ける岸本を見て。

岸本は玄野の言葉など全く気にしていなかった。当たり前だ。岸本を傷付ける事ができる存在は今のところ加藤だけだ。

そんな簡単な事もわからなかった。玄野は自分の馬鹿さ加減に嫌気がさした。黙って玄関に向かうと後ろから加藤の己を呼ぶ声が聞こえたが、聞こえないふりをした。今はほっといて欲しかった。



玄関に着くと勝手に涙が出た。独りで泣くのが惨めだという事くらいわかっていた。だが、止まらなかった。
目頭を抑えていると不意に後ろから足音が聞こえて顔を上げると西がいた。最悪だ。恐らく最もタチの悪い相手に弱味となるネタを提供してしまったのだ。

「何泣いてんの。ダッセ」

「うるせぇよ」

西は壁にもたれ掛かった。長居する気らしい。

「あの巨乳に振られたから?あんな女の、何処がいいわけ?乳がでかいだけだろ」

西は子供らしい笑い方をした。つまり、人をからかうような態度だった。

「うるせぇな、何でこんなとこにいんだよ」

「オレが何処にいようと勝手だろ」

玄野は呼吸を整えた。落ち着かないと掴みかかってしまいそうだった。いつの間にか涙は止まっていて、それだけが有り難かった。

西が切れ長の眼で、此方を見て何か言おうと口を開けた時、ラジオ体操の歌が流れた。玄野は西を無視するように部屋に戻ろうとしたのを腕を掴まれる事で止められた。

「…何がそんなに悲しいんだよ?」

西はつまらないドラマを観たような、理解できないという風に笑った。

「関係ないだろ。周りの有象無象が茶番を繰り広げていようと、相手が何星人だろうと。お前とオレは」

西は息を留めて言い放った。

「やる事は一つだろ?」

玄野はネギ星人のミッションで、西が己と同族のような言い方をした時、勘違いするなと吐き捨てたが、この時の西の同族意識とも呼べる言い方は拒絶しなかった。何故だか、できなかった。

「離せ」

その代わりに玄野は西の手を振りほどいて部屋に戻った。
わかっている。ガンツの世界では何も関係ないのだ。人の何もかもが。

何であろうと、ぶっ殺せばいい。

玄野は勘違いをしていた。星人を殺せば、心にかかった霧が晴れるのだと。胸に空いた穴が埋まるのだと思っていた。

もちろん、それは誤っていた。

努力し続けても必ず夢が叶うわけではないように、想い続けていても恋が叶うわけではないように。世間に氾濫する物事と同じで、全てにイコールが存在するわけではない。

そして、それを知る前に玄野は別の壁にぶつかった。加藤と岸本の死という壁に。



玄野は誰を失う事もない程に、自分は強いのだと驕っていたのだ。



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