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GANTZ小説
レンズ越しに太陽を焼く(西玄)
西は駅のホームに降りていた。
手元には一枚の写真がある。それはポラロイドカメラで撮られたモノクロ写真だった。

写真はある人物を後ろから撮ったもので、人物は横を向いていて何かを見つめているようだった。それが何かはわからない。口元は弧を描いていなかった。少し唇を噛んでるようにさえ見える。眼に夕日の光が反射しているのに加えて、泣くのを我慢しているように見えた。
写真に目を向けながら、ホームを歩いてると。



西は写真の人物と横切った。



思わず、振り向く。危うく声をかけそうになった。
相手は振り向かなかった。


西は手元のポラロイドカメラのシャッターがきれないことに眉を寄せた。フィルムはまだ残っているはずなのに。

「無理だぞソレ。壊れてるから」

部屋の入り口でペットボトルに口をつけた玄野が立っていた。

「てゆーか、人の物勝手に触んなって言ってんだろ」

そう言いつつ玄野はカメラを取り上げようはしなかった。

「何で壊れてんの?」

「どっかにぶつけたんだろ、すごい衝撃だったから」

西はカメラの割れたレンズ越しに玄野を見つめた。

「すごい衝撃?」

「交通事故」

玄野はカメラの向こうの西を見つめ返した。


「中3の時に死んだ奴がいたんだけど」

そいつは玄野にとって友達と言えたかどうかわからない。嫌な奴ではなかったけど、胸の内を語るような仲でもなかった。それもそのはずで彼の頭には写真のことしかなく、人に興味がないゆえに嫌な奴にもなりようがなかった。

「ずっとカメラ持ってて風景画ばっか撮っててさ、人間は一切撮らなかった」

ある日、彼の写真談義を聞いている最中、玄野は聞いてみた。人間は撮らないのかと。彼は玄野から少し視線をずらし、こう答えただけだった。

「人間は嫌いなんだ」

オレもそんなに好きじゃないけど。玄野はそう返した。

ある日、彼が学校にポラロイドカメラを持って来た。
ネットで手に入れたそのカメラはポラロイドカメラの創始者エドウィン・H・ランド博士が発明した世界初のインスタントカメラだった。SX‐70、通称『アラジン』。フィルムも、もう生産されてないから、とても貴重な代物だったが、彼はそのカメラで写真を撮るのを楽しみにしていた。


しかし、彼がそのカメラのシャッターをきることは永遠になかった。


「その日に死んだんだ」

玄野は天気の挨拶のように言った。
ホントに友達だったのかどうかわからないからだろう。
普段から一緒に帰るわけではなかったが、その日は偶々、玄野と彼は一緒に帰った。
彼はフィルム5枚しかないんだよなぁ、何撮ろう…と呟くのに玄野はどーせ、風景画だろーと返したりしながら。
そして、交差点に差し掛かるところで二人は別れた。
ところが玄野が角を曲がったところで衝突音が響いた。嫌な予感がして、慌てて来た道を戻ると交差点前に立っていた人々にトラックが突っ込んでいた。遠くから救急車の音が聞こえた。

「マヌケな奴」

西は嘲笑った。

「人のこと言えないけどな。オレも電車にアタックなわけだし。それで、そいつが使えなかったカメラを貰ったんだけど、トラックかどこかにぶつけたんだろな。シャッターが降りないし、レンズも割れてんだよ」

そう言って玄野は雑誌をめくった。形見を貰ったとは思えない態度だった。しかし、雑誌から顔を上げて少し宙に視線をやってから、ぼんやり呟いた。

「でも壊れてなくても、どのみち使えなかったろなぁ…」

西は手元のカメラを見た。
茶色の革は使い古されていて、手に馴染むように気持ちが良かった。ただやはり損傷がひどかった。修理しても無駄だろう。その時、西は気付いた。

「…そいつはフィルムが残り5枚だって言ったんだよな?」

「うん?うん」

「その後、すぐ事故ったんだよな?」

「あぁ」

「…」

西は再び手元のカメラに視線を戻した。フィルムの残量は4枚になっていた。



その会話から一週間後、加藤が再生され、玄野は記憶を消されガンツから解放された。


西はステルスモードである人物の部屋にいた。
かつて玄野が話した写真オタクの部屋だ。あの時、さりげなく見せてもらった卒業アルバムに載っていた住所を覚えていた西はあっさり彼の家に侵入した。
金銭目的で、侵入したのではない。西にはある目的があった。

その写真オタクの部屋の壁には学生服がかかっていた。遺族が部屋の景観を変えるのを躊躇したのだろう、カメラや写真を現像する器材がところ狭しと並べられていた。

西は制服を調べて、目的のものがないとわかると机の下の学生鞄に目をやった。
中を見ると教科書が詰まっていた。ひっくり返して空にして鞄のポケットに手を突っ込むと、外側のポケットから一枚の写真が出てきた。それはポラロイドカメラで撮られたモノクロ写真だった。

写真はある人物を後ろから撮ったもので、人物は横を向いていて何かを見つめているようだった。それが何かはわからない。口元は弧を描いていない。少し唇を噛んでるようにさえ見える。眼に夕日の光が反射しているのに加えて、泣くのを我慢しているように見えた。


そして、恐ろしいほど寂しく美しい写真だった。


(玄野)


写真の中に玄野がいた。


それまで一度も人物画を撮らなかった人間が初めて人間を撮った。
初めての人間に玄野を選んだ。
意図していなかったが結果的に最後の人間に玄野がなった。

(やっぱりな)

人間嫌いは恋をしていたのだ。
同級生の同性に。
でなければ、こんな写真が撮れるわけがない。
それはどういう気持ちだろうと考えて、西には、まさにその気持ちが自分にはよくわかると気付いた。

(一緒にされたくねーけど)

西は中身をぶちまけた鞄をそのまま放置して、家から脱出した。


西は写真を持って駅を歩く。
自分が何故、こんな無意味な事をしたのかわからなかった。ただ玄野が自分の存在を忘れた今、玄野と西の繋がりの証明は自分の記憶と手にある写真しかないのだ。(それに…)

例え過去の物でも他人の手に玄野が渡っているのはひどく不快だった。

西はホームに降りる。写真に目を向けながら、ホームを歩いていると。



西は写真の人物と横切った。



思わず、振り向く。危うく声をかけそうになった。
相手は振り向かなかった。

(ホントに覚えてねーのかよ)

西は玄野の後ろ姿を両手の親指と人差し指で作ったフレームに通して見た。

(玄野)

玄野がいた。玄野に恋をした写真オタクがどういうつもりだったかを知った。

まぎれもない独占欲だった。

彼は玄野を四角い枠に収めることで手に入れた気持ちになったのだろう。

西は背中を見続けたが、結局玄野が振り向くことはなかった。


西はベランダにいた。忌々しい場所だった。かつて、ここで彼の最愛の母親が首を吊った。
あの時は発狂して無我夢中で飛び降りたが、今は落ち着いている。それはガンツのミッションに初めて参加してからだ。悲しみや苦しみが消えることは無かったが、ようやく落ち着いて現実を見ることができたと思う。
自分達の現実は意外と現実的ではないと。

(あの写真オタクは死んだ後、ガンツに呼ばれたかも知れない)

西は目を閉じた。

(それでも今、生きていないということは、ミッションで死んだということだ)

西は手元の写真に火を付けた。
灰皿に置いて、燃え上がっていき、炭になってほとんど何も残らなくなった様を眺めた。

(結局、そいつは負け犬だ)

西は夜空を見た。

(でも、オレは負け犬になんかならない)

西と玄野には今現在、何の繋がりもない。その現実をようやく西は理解した。

(これで終わらせるかよ)

西は立ち上がり、手すりに持たれた。そして、宙を睨み付けた。





その決意から2日後、玄野は吸血鬼に殺された。西は笑い出しそうになるのを耐えなければならなかった。





(100点集めたら帰ってくる)

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