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GANTZ小説
22歳を生きる(未来:西玄)
それは世界が平和だった頃の話だ。
実際は世界が平和だったことなど一度もないのだが、少なくとも彼等が暮らしていた国では学校の授業中や仕事中に突然鉛弾が脳天を突き破ったり、人の身長くらいのミサイルが飛んで来たりはしなかった。

ただ、死人が生き返され、異星人と戦わされることはあったが、それだって大半の人間が知らなかった。


カタストロフィという人類の存亡が賭かった未曾有の戦争が起きる四日前、彼は告白をした。


「好きだ」

「…何を?誰を?」

玄野の反応は想像通りだった。
東京タワーを真正面に見ることができるビルの上だった。
ミッションが終わり、解散となり、ビルの上で月を見ながら風に当たっていた玄野に西は近付いた。少し世間話をした後、思いの丈を伝えた。
だけど、ノーマルな玄野には、その告白が自分に対してのものだという発想自体が浮かばなかったらしい。

「アンタが好きなんだ」

玄野は西を見て瞬きした後、遠くを見るように東京タワーを見上げた。

「…今、北条を思い出した」

北条?誰だそれ?と言う前に思い出した。

「オレはホモじゃねーよ」

「オレのこと好きなんだろ?ホモじゃねーか」

西は玄野の弁慶を蹴りあげた。スーツを着ていた玄野は何すんだよと言うだけだった。
西はもどかしかった。告白中に他の男の名前を出す玄野のデリカシーの無さにも、自分の想いがほとんど伝わってない事実にも。
ホモなんじゃない。アンタが好きなんだ。性別なんてどうでもいい、アンタの魂に惚れてるのだと言えるほど、西が大人なら、まだ話は早かっただろう。
しかし、残念なことにまだ西はプライドの高い中学生だったし、素直に自分の想いを言葉にする術など持ってなかった。

「…で?」

西の言葉に再び玄野が首を傾げる。で?って何。

「返事に決まってんだろ」

「返事を要求するってことは付き合ってって意味だったのかよ」

「当たり前だろ」

「いや、当たり前じゃねーだろ。オレはカタストロフィが起こる前に気持ちだけは伝えとこうっていう腹積もりかと思ったつーの」

西は眉を寄せる。

「…はぁ?なんだよソレ。そんなもんだたの遺書だろ。オレは負け戦はしない」

「個人じゃなくて少なくとも国家レベルの戦争になるんだろ?」

「…それでもオレは死なない。絶対に生き残る」

「…まぁ、オレも死ぬつもりはないけど。絶対に生き抜いてみせるけど」

「だろ」

それは少なくとも2回死んでる人間の会話ではなかった。
それでも強い決意と誓いが滲んでいた。

「で?返事は?」

「…やめとくわ」

「あっそう」




それから六年間もの間、二人は血で血を洗うような長い戦争の最前線に身を置くことになる。



青い空を見上げる。まさに晴天と呼べる空だった。
しかし、青い空を見れるようになったのは最近のことだ。

西は袖から薄い長方形の機械を取り出す。何度確認しても、液晶には目的の人物の所在を表す光はなかった。
西はため息をついて、また走り出した。

どこに行けばいいのかわからないが、とにかく片っ端から探すしかない。
ミッションや自分のこと以外でこんなにも必死になる姿は、西を知る人間からすればあり得ないと思うものかもしれない。
しかし、それは西が変わったわけではなく戻っただけであった。
かつて、西にとって唯一の存在だった母親を幼いながらも大事に想い、精一杯尽くしていたように、西には本来、特別な存在には一途に一生懸命になるところがあった。ただそれは周囲も西自身も気づいていないだけで。


あれから八年が経っていた。あれからというのは来るべき戦争の為に種族の違う者達を相手に戦闘を繰り返していた日々からだ。



カタストロフィの六年後、地球に攻め入って来た四つ眼の星人が存在する星と平和条約が締結され、ようやく人類の存亡を賭けた戦争は終結した。
人類の約40パーセントの犠牲の上に手に入れた条約だった。
地球が植民地になることを免れ、図体も技術も勝る相手に対等の条約を締結できたことは、上出来といえた。
しかし、それを勝利と呼ぶには人が死に過ぎたし、海も空も赤く染まり、飢餓に陥り、誰もが疲弊していた。

それでも生き残った人間達は、前を向いて歩くしかなかった。


平和条約締結後から 異星人の侵略に備えて、ほとんどの国が軍事制に移行した。日本も例外ではなく、ガンツスーツを着て戦った者は、ほとんどが軍に入隊することを余儀なくされた。


そして、さらに二年が経った。
まだ瓦礫の山は溢れていたが人類の不断の努力と労働により、緊張感は抜けないが元の日々を取り戻しつつあった。



玄野と西は生きていた。



未曾有の戦争の中を二人は生き残り、軍に入隊していた。
西が玄野の姿を最後に見たのはガンツメンバーがそのまま軍に移され、順番に部隊の配属先を命じられていたところだった。




その日は西にとってオフだった。
しかし、必要書類の提出の為に軍の施設に訪れていた。
そして、ある一報を聞いたのだ。


『玄野中佐がいなくなった』


何でも、机で書類を片付けている最中、「ちょっとトイレ」と言っていなくなったらしい。
今の軍の科学技術はスーツを着た人間の所在を個人レベルで特定できるまでなっている。
軍務に就いている際は軍服の下にスーツを着用することが義務付けられているから、普段から玄野がサボっても部下が連れ戻すのは簡単だった。しかし、その日は違った。

玄野の所在を表す光が点滅しないのだ。それもそのはずで玄野のスーツはロッカーで見つかった。
つまり、わざわざ玄野はスーツを脱いでまでサボっているのだ。
頭を抱える玄野の部下に西は自分が連れ戻してくる旨を伝えて施設を出た。

(迂闊だったな)

実は西は毎日、玄野の所在を確認していた。
仕事をする前に個人で配給されているケータイに似た機械で玄野の所在を確認することが日課だった。
しかし、今日はオフだった為に忘れていた。

(スーツなしじゃ遠くまで行けないだろ。交通機関を頼ってまでサボるとは思えないしな)

西は走った。
何でこんなに必死になるのかわからない。玄野は恐らくすぐに帰ってくるだろう。待ち人が帰って来ない悲しみを玄野は痛いほど理解しているのだから。それに元より西には何の関係もないのだ。ほっとけばいい。


それでも西はほっとかなかった。
必死になる理由なんて、ホントはわかっていた。




「何してんの」

西の声に反応して振り向いた玄野を見たとき、西は少なからず動揺した。

(コイツはこんなに小さかったか?)

そしてはっと気づく。玄野が小さくなったのでなく、西が大きくなったのだ。
最後に見たときは同じくらいの身長だった。あれから二年が経ち、西は玄野よりも高くなっていた。

「…なんだ西か」

「…オレじゃ悪いかよ」

「いや…一瞬わかんなかったんだよ」

玄野はかつてガンツが置かれていたところにいた。
もっともマンション自体が倒壊し、かつての面影もなかったが、玄野はその真ん中で瓦礫を背に突っ立ていた。

「…でかくなったな、お前…」

玄野は西を見上げて言う。

「その言い方、おっさんくさい」

「…おっさんだよもう。24だからな。高校生のときって20過ぎたら、おっさんじゃなかったか?」

「…オレは高校には行ってない」

「…そっか。お前は中学生だったんだよな」

西は玄野を見た。玄野は彼が焦がれていた時の姿とそんなに変わらないと思う。ただ、ぼんやりと話しているだけなのに一切の隙が無いこと以外は。

玄野は若くして中佐の地位についている。それはあの戦争の最中、『軍神』と呼ばれた存在を討ち取った有能さと、決して少なくはない人間達を救った功績から考えれば当然の地位だった。
本来、中尉である西がため口をきいていい相手ではないのだ。
しかし、西は思う。

(今日はオフだからな)

「…あのさ」

玄野の声に西は我にかえった。玄野は相変わらず空を見ている。

「昔は良かったなって思うことない?…ないか。お前はまだ22だしな」

「22も24も変わんないだろ」

「じゃ、ある?」

「…ないな」

西は嘘をついた。
どれだけ、目の前の彼を当たり前のように見ていた日々に戻りたいと思ったか知れない。
西にとっての昔とは彼そのものだった。

西の返事に何が可笑しかったのか、くすりと笑って玄野は続ける。
「オレは最近、頻繁にそう思うんだよ。でな、その昔っていうのがいつの頃かというとな、」

玄野は目を閉じた。


「あの、ミッションに明け暮れる日々なんだよ」



西は改めて八年の歳月を思う。
かつてのメンバーの中で今生きているのは玄野と西と風とタケシだけだった。

「ひどい話だよな。たくさんの人間が死んだあの日々に戻りたいなんてさ」

そう言って笑う玄野の痛みを理解できないほど西はもう子供じゃなかった。

西はもう大人だった。

彼の視界に入ろうと背伸びをしていた頃とは違うのだ。

(玄野。あの時のオレは自分の事しか頭になかったな。アンタが日々をどんな思いで過ごしていたかなんて考えもしなかった。その身体にどんな覚悟を背負ったか、アンタがどれほど世界を憎んで愛していたかを知っていたら、なぁ、玄野)

西は玄野の正面に立った。

(アンタはオレを受け入れたのかな)

彼の事を忘れたことはなかった。
全てが憎しみで包まれていた西の世界で母と彼だけが例外だった。
そして今だって、それは変わらなかった。

「…オレは、アンタが死んだら…悲しい」

玄野が目を見開く。西がそんなことを言うとは思いもしなかったらしい。

「…今でもアンタが…」

西は玄野の唇に噛みついた。
まるで親鳥がヒナに餌を口移しで与えるように、続く言葉は西の口から玄野に渡り、玄野の中を巡り、溶けていった。

玄野は抵抗しなかった。

ただ与えられる栄養を逃さないかのように、じっとしていただけだった。






(あぁ、ようやく世界を手に入れた)

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