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GANTZ小説
嘘つきと泥棒が手首だけで手をつなぐ(西玄)
西の顔はいつもとそんなに変わらなかったと思う。

つまり、いつも通り周りを見下した眼をして、いつも通り周りを小バカにしたように口元に薄笑いを浮かべていたという事だ。オレは正直、来なきゃ良かったと思った。


「何これ」

西の言葉で雑誌から目をあげた。
我が物顔でオレのベッドに寝転がっている西はベッドサイドにおいてあった小さな箱を手にしていた。
「お前、勝手にさわんなよ」

「どうせ大したもんじゃねーんだろ」

「…」

返す言葉もなかった。その通りだったからだ。
西は箱のフタを開けて、中の物をつまんだ。目の位置まで持っていく。


「…ネックレス?アンタこんなもんつけるタイプだっけ?」

「つけたっておかしくねーだろ、高校生なんだから」

「似合わねー」

「うるせーなっ」

西がケラケラ笑いながら言う。
それは小さな円の中に十字架が嵌め込まれたネックレスだった。デザインは悪くないが玄野に似合わないのは確かだった。

「それやるよ」

「は?…似合わないから?」

西がニヤニヤ笑いながら言う。

(ホントにイヤなガキだなコイツ)

無駄な争いになるので口にしなかった。

「そーだよ、自分の為に買ったけど似合わなかったからな。やるよ」

「買う前に気づけよ。ダッセ」

「やっぱやらん。返せ」

「やだね、もうオレの」

そう言って西は玄野に届かないよう手のネックレスを上げた。
しかし、玄野は先に西の動きを読んで、ネックレスを奪いとった。
西が文句を言う前に背後に移動し首にネックレスをかけてやった。
西は玄野の動きが予想外だったためか、咄嗟に動けなかった。

「…」

「うん、いいんじゃね?似合ってる」

「…まぁ、もらってやってもいいけど」

(やっぱ可愛くねー)

西は顔を背けて、ネックレスを弄りだした。その時の指先がやけに優しく感じたが、きっと気のせいだ。(だって西だもん)
だけど西は長い間、そこにあるのを確認するようにネックレスを弄っていた。
オレはその姿が西らしくなくて、可笑しかった。

だけど、上手く笑えなかった。
顔を背けていた西は気づいてないだろうが。




そのネックレスを奪おうとした同級生3人を西が半殺しにしたのは、それから2日後の事だった。


西に何の説明もなしに、西の通う中学に呼び出された時、玄野の授業は終わっていた。運が良かったと思う。会議室と書かれた部屋には西と西の担任しかいなかった。ノックもせず入ってきた玄野を見て、担任は明らかに怪訝な顔つきをした。

「西の親戚が来るって聞いていたんだが…君は?」

西が担任に何と説明したのかわからなかったから相手に喋らせるしかないと玄野は思っていたが、こっちが何も言わなくても喋ってくれた。

どーいうつもりだと玄野は西を睨んだが、西はどこ吹く風だった。

「西の…丈一郎の従兄弟です。母が迎えに来る予定だったんですが都合がつかなくなって、オレに…僕にお鉢が回って来たんです」

玄野は嘘をつくのがそんなに上手くはない。それなのに、その時は自分でもビックリするほど、スラスラと嘘をついた。
西が笑いを耐えているのが見えた。

(ぜってー後でハリ倒す)

そもそも呼び出されたからといって、それに答える必要など玄野には無いのだ。むしろ何でオレがこんな所に来て、こんな茶番に付き合わなきゃならないんだと心底思っていた。それなのに、玄野はここにいた。自らの意思で。惰性でも。

「そうだったか。いえね、初めは西の両親に連絡したんだが、繋がらなくてね。代わりに西が親戚を呼ぶというから電話をかけさせたんだよ。でも、高校生の君に言っても仕方ないね…」

そう言いつつ、担任はしっかりと説教をするようにこれまでの経緯を説明した。同級生3人が西の首にかかっているネックレスを見て校則違反だと注意したこと(おそらく注意じゃなくて挑発だろう)、それをシカトした西に3人が押さつけてネックレスを奪おうとしたこと、そしてキレた西が3人を半殺しにしたこと…。普段の西の態度に鬱憤が溜まっていたんだろう。それが今回の暴力行為で爆発したように話し続けた。

その間、玄野は別の事を考えていた。
担任が説明、もとい説教を始める前に西の隣の席に腰を下ろそうとした時だ。
西の顔はいつもとそんなに変わらなかったと思う。

つまり、いつも通り周りを見下した眼をして、いつも通り周りを小バカにしたように口元に薄笑いを浮かべていたという事だ。

しかし、いつもと違う事が一つだけあった。玄野が腰を下ろす椅子を西が座りやすいように引いたのだ。仲の良い友達を隣に呼ぶような自然な動作だった。無意識だったに違いないだろうが、そんな気遣いを普段の西ならするはずがない。

その動作を見たとき、玄野は嫌だな。と思った。
こんな時に保護者である両親でもない、親戚でもない、ましてや友達ですらない玄野を呼ぶしかなかった西の気持ちを痛いほど理解できてしまったからだ。

(来なきゃよかった)


それはまさに西が苛まれてきた孤独と玄野が抱えてきた孤独がどれ程酷似していたかを浮き彫りした瞬間だった。


(オレも西と同じような事をしたら、親を呼んだか?…いや、呼ばなかっただろうな)

西の母親が既に亡くなっている事は聞いていたが、父親や親戚については西の口から聞いたことはない。今まで関心も興味も一切なかったのに、今更ながらそんな事が気になってきた。だが、いろんな意味である程度の予想はついていた。

(だからといって、どうする事もできないけど)

玄野がそんな事を考えている間に担任の説教は終わっていた。短く感じたが一時間が経過していた。

「…というわけで今回は3人のご家族に私が謝罪して何とか引き下がってくれたがね、今後こんな事はないようにして欲しいな」

(保護者じゃねーから当然かもだけど相手が高校生ってだけで敬語は使わないんだな)

「…わかりました。すいません。丈一郎には家でしっかり反省させます」

西が横目で見てきたのがわかった。それをさらりとシカトし、頭を下げた。

「うん、では今日は引き取っていいよ」

担任の一言で西は鞄を担いで帰ろうとした。それを留めたのは玄野の一言だった。


「ところで、その3人にも、しっかり反省してもらえるんですよね」


担任が意味がわからないというような顔した。西も動きを止めた。

「だって、そうでしょう。校則違反の物を西が身につけていた事実と3人をタコ殴りにした事実はこちらが悪いので謝りますが、人の物を無理矢理奪おうとした事実を3人はしっかり反省するべきだ」

担任の顔が強張った。こんな反撃に出ると思わなかったんだろう。しかし、青くさいガキの攻撃じゃないかという嘲笑ともとれる笑いが口元に浮かんだ。

「その件については、もちろん反省させたとも。しかし、西は謝っている彼等を無視して何度も殴ったんだ。どちらがより悪いかは火を見るより明らかだろう」

「どちらがより悪いかよりも、どっちにも悪い部分があるという所に重点を置くべきじゃないですか。軽口一つで人は死ぬこともある」

担任は閉口した。数秒間、玄野は担任と睨み合っていたが担任が視線を外したのと同時に席を立った。お互いが本来戦うべき相手じゃないのだ。担任は無言で部屋を去って行った玄野と西を、やはり無言で見送った。



「アンタがまさか、あんな事言うなんてな」

そう言った西の頭を思いっきり力を込めて殴った。

「いってぇな!」

「ふざけんな!ヘタな芝居に付き合わせやがって!!」

「じゃあ来なきゃ良かったろ。後でブッ飛ばしてたけど」

「どっちだよ…」

夜の河川敷を二人で歩きながら西に手を差し出して言った。

「ネックレス貸せ」

「は?あれオレのだけど」

「いーから、ちょっと見せろって」

しつこく言うと西は渋々差し出した。それを玄野は思いっきり勢いをつけて目の前の河に投げた。
ネックレスは弧を描いて河に消えていった。

「は!?何すんだよ!!」

「うるせーな、出演料だよ。安いもんだろ」

「アンタさっき、人の物を無理矢理奪うのはダメだとか言ってなかったっけ?それなのに騙して奪うとかどーなわけ?」

「また新しいの買ってやるから」

「あれがよかった」

「同じの買ってやるよ」

「やだね、あれがよかった。とって来いよ」

「死ねバカ」

「アンタが死ね」

玄野はため息をついた。さすがに疲れていた。今日ミッションあったらヤバイかもなオレなどと思っていたら、西はしばらくして口を開いた。

「じゃぁ、明日買ってもらうからな。同じの」

「わかったわかった」

西はその返事で満足したのか、静かになった。
横を無言で歩く西を見て玄野は思う。

(馬鹿だな、西)

西は馬鹿だ。どれだけ成績が優秀でも、どれだけ賢くても、西は救いようのないくらい愚かだ。

(何でオレの言葉なんか信じるんだよ、嘘に決まってるだろ)

新しくネックレスを買ってやる気なんか玄野には微塵も無かった。
西はしつこく言ってくるだろうが梃子でも動く気はない。

それは玄野があのネックレスを西に渡す時についた嘘の後ろめたさから来ていたが西は知るよしもなかった。

(似合わなかったから、やるだなんて嘘だよ、西)

玄野はあのネックレスをお洒落目的で買ったのではない。



認識票に使うつもりで買ったのだ。



似合おうが似合わなかろうが、そんな事どうでも良かった。ガンツのミッションは過酷だ。絶対に生きて終わらせられるとは限らないし、綺麗に死ねるとも限らない。
しかし、遺体が原型を留めないほど損壊しても、認識票が無事なら個人識別が可能である。




玄野は死体になっても誰かに認識してもらいたかった。



ガンツの部屋に戻るまでの無意味ともいえる短い時間に、死んだ自分を誰かに探してもらいたかった。確認してもらいたかった。


だけど。


(オレを探してくれる奴なんていんのかな)

そう思ってしまったら、もうダメだった。結局ネックレスは玄野の首にかかることもないままベッドサイドに放置させられていた。


それを、西が見つけた。


玄野が西にネックレスをあげたのは西が死んだら探して確認してやろうという意図があったからに他ならない。
その意図は決して包み込むような暖かさを持っていない。
むしろ、相手が自分より先に死ぬことを仮定にした斬れるように冷たいいやらしさを持っていた。
それでも何とも思ってなかった玄野だが、先程の西が玄野のために椅子を引いた動作で気づいてしまった。






西は人を殺せるだけで(もちろんそれは常人と比べれば追随を許さない程の特異性だが)ただの子供だった。



親も来ない、親戚も呼べない、親しい友達もいない、そんな人間関係しか持ってない西の呼び出しに応じた玄野を無意識に気遣うくらい。

玄野の嘘を疑わず、何から何まで信じてしまうくらい。



西は未熟で愚かな子供だった。


それに気づいて初めて玄野は罪悪感が湧き、後ろめたさが募った。

(何であんなネックレスの為にケンカなんかしたんだよ、西)

それは同じ孤独に生きる玄野が本気で考えれば容易く答えが出る疑問だった。


だけど悲しい事に、玄野も西と同じ、未熟で愚かな子供だったのだ。


たった2年という限りなく無いようで絶対に埋まらない差があれど、西の想いがわからないくらい玄野も子供だった。






玄野の首筋に寒気が走った。ミッションの合図だ。
西も玄野も鞄にガンツスーツとXガンが入っている。何の問題もない。
西を見る。西の眼は既に臨戦態勢に入っていた。
その眼は認めたくないが、いつかの西が言ったように自分によく似ていると思う。



それでも。



お互いが視界を共有しあうことは永遠にないのだ。





それはなんて曖昧で不確かな関係性だろうと、玄野は思った。






(それでもお前への罪悪感を忘れないことにする)

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