ほんのり苦い、紅茶の味
「兄様ったら、ふがいないと思うんです」
訪問した月影に紅茶を出しながら妖宇香が言った。月影は首をかしげる。
「流夏は、いい、兄だろ?」
「ああ、それはもちろんだけど。そうじゃないの!」
いつも敬語を使っている妖宇香が、くだけた口調をしている。彼女がこんなに親しげに会話をするのは兄をのぞけば、月影に対してのみだ。
月影は妖宇香が出してくれたお茶を飲みながら、妖宇香を見る。彼女はいつも兄の心配ばかりしている気がする。
「麗羅さん、本当にこれっぽっちも気付いていないの。兄様、そんなにダメかしら」
「流夏、そんなに、ダメ、か?」
「いいえ。でも、奥手なのよね。兄様は。そうだ、月影君!」
妖宇香は立ち上がると、月影の手を掴んだ。突然のことに、月影はきょとんとして妖宇香を見つめる。
「ど、どうした?」
「麗羅さんのことを調査しに行きましょう。どういうものが好きなのか」
「俺は、知ってる、けど」
月影が当たり前のように返す。妖宇香はなんだか自分だけ騒いでいるのが恥ずかしくなった。
「もう、じゃあ早く教えてよ!」
「好きなもの、は、甘いもの」
「知ってるよ」
「好きなタイプ、は、俊輔、みたいな、美少年」
「ええっ」
それを聞いて、妖宇香は驚いている。月影はなぜだかわからなくて、首をかしげた。
「何か、問題、あるのか?」
「あるよ、月影君。俊輔さんが本気になったら、兄様じゃ勝ち目がないもの」
「ひどいこと、言うなぁ」
月影は流夏を思い出しながら苦笑する。そんなにみんなが言うほど、流夏だって悪くはないのに。
「月影君、やっぱり麗羅さんを見に行こう」
「見に行って、どうする?」
「わからないけど、行ってみようよ」
立ち上がった妖宇香に言われ、月影も仕方なく立ち上がる。道案内は月影がしなくてはならないのだ。
「月影君、麗羅さんは今どこに?」
「こっちに、いる、みたい、だ」
月影に言われて妖宇香は一生懸命ついて行く。その建物には見覚えがあった。
「ここは、俊輔さんのお家よね?」
「ああ」
「麗羅さん、ここにいるの?」
「ああ」
妖宇香は顔をひきつらせた。二人はそんなに仲良いのかと不安に思う。
「俊輔は、麗羅を、好きには、ならない」
「わからないよ。麗羅さん、かわいいもの」
月影はそんな妖宇香の頭をポンポンと撫でた。
「つ、月影君?」
彼らしくないその行動に、妖宇香は少し驚く。見上げると、月影は顔をそらしてしまった。
「麗羅が、出てきた、ぞ。あとを、追うか?」
「あ、うん」
一瞬、ここにいる目的を忘れかけた妖宇香はいけないと首を横に振り、麗羅を追いかけた。
「何か持ってるね」
「あれは、プレゼント、か?」
「俊輔さんにもらったのかなぁ」
何度も一喜一憂している妖宇香を見て、月影は笑った。
「どうしたの?」
「いや。これだと、妖宇香が、麗羅を、好き、みたいだ」
「ええっ」
妖宇香はちょっと恥ずかしそうにしている。確かにこれでは自分が麗羅を好きみたいだ。
「あ、流夏だ」
「え?」
見ると、麗羅が流夏に何かを渡していた。流夏は少し恥ずかしそうにそれを受け取っている。中身は、あたたかそうなマフラーだった。
「近寄ろう、か」
「あ、うん」
月影に言われて、二人の会話が聞こえる位置まで近寄った。
「なんで、これを?」
「流夏さん、いつも寒そうなので。外にいることも、多いのでしょう?」
「ああ」
「風邪など、ひかないでくださいね」
麗羅が言うと、流夏は少しためらいがちに聞いた。
「ひいたらどうするんだ?」
「えっ?」
「風邪。俺がひいても、わからないだろ?」
「もう、そうやって冷たいこと言うんですね」
麗羅が拗ねたように言うと、流夏は少し動揺した。
「見かけなくなったら、寂しいじゃないですか。じゃなきゃ、わざわざあげません」
「そ、そうか」
「傷も隠れますからね」
麗羅がそう言って、そっとマフラーを流夏の首に巻き付けた。
「ほら、似合いますよ」
麗羅が笑いかける。流夏は顔を真っ赤にすると、目をそらした。
「あ、ありがとな」
「いいえ。どういたしまして」
妖宇香はそんな二人を見ながら、少し複雑な感情を抱いていた。自分がお節介をやく必要なんかないんじゃないか、と。
「あの二人なら、意外といい感じだと思いますよ」
突然背後から声をかけられ、妖宇香も月影も慌てて振り返る。
「あ、俊輔さん」
「こんにちは。でも、妖宇香さんにはちょっと複雑ですか。世話を焼きたいですよね」
俊輔に図星を突かれ、妖宇香は少し黙る。そうなのだ。本当は自分が、兄の心配をしていたいだけなのだ。
「でもそんな妖宇香さん、かわいいと思いますよ。きっと、流夏も」
俊輔にかわいいと言われ、妖宇香は少し頬を赤らめた。
「そんなことより、妖宇香さんは自分の恋愛事情に関心を持ったほうがいいのでは?」
俊輔は月影をチラリと見る。妖宇香は何のことかわからず、きょとんとしている。
「俊輔は、意地悪、だな」
「まあ、否定は出来ませんね。では俺は、そろそろ流夏の助けに行ってきますよ」
「あ、はい。また」
月影は俊輔と目が合うと、バツが悪そうにした。俊輔はニヤリと笑った。どうして彼はなんでもわかるのだろう。
「月影君、ごめんね。付き合わせちゃったね」
帰りながら妖宇香がぽつりと呟いた。月影は首を横に振る。
「俺が、好きで、ついてきた。気にする、こと、じゃない」
「ありがとう」
妖宇香が笑いかけると、月影も少し柔らかい表情を浮かべた。お礼を言うのは、本当は俺だというのに。
「兄様、やっぱりふがいないです。麗羅さんが立ててくれているフラグを活かせていないんだもの」
「ああ」
「たまには、付き合ってくれる?」
「もちろん。また、紅茶をいれてくれるなら」
珍しく月影がすらすらと話した。妖宇香は少し驚いたが、ありがとうと言って笑った。
妖宇香も月影も少し切なくなりながら、妖宇香の家へと戻って行った。
13400hitの夢月翼様からのリクエストで、流麗or月妖ということでした。
迷ったのですが、両方出してみました!
珍しいリクエストで嬉しかったので、月妖をメインにしてみました。
どうでしたかね?
そもそも遅くなってしまったので、見ていただけたかどうかがわかりませんが……
私は書いていてすごく楽しかったです!
また、こんなに遅くなってしまい、申し訳ないです。
もし見ていただけていたら、お納めください!
素敵なリクエストありがとうございました!
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