楽しそうに歌う君
夕飯の支度をしていると、後ろから歌声が聞こえた。自分のよく知っている声だ。というよりも、自分とほとんど同じ声。万里の声だ。
私たちを見分けられるのは、髪型と話し方のおかげだろう。外見はほとんど同じ。入れ替わったところで誰も気付かないだろう。
「何の歌だ?」
「さあ?知らないや!」
なんとも間抜けなメロディと歌詞の歌を、万里は楽しそうに歌っている。恥ずかしくないのだろうか。
「麗羅って歌わないよね。昔から」
「そうだな。そんなに好きじゃないというのもあるけど」
「なんで?」
「恥ずかしいじゃないか」
「えー。別に恥ずかしくないよー」
万里に笑われる。私たちは中身はあまり似ていないような気がする。
「麗羅は声も綺麗だし」
「自画自賛か?」
「そうだね」
「まったく」
「でも麗羅はかわいいよ。私から見たらすっごくね」
「はいはい」
この妹がシスコンであるというのは私自身も知っているので受け流す。自分にもその気があるのだが、それは気にしないこととして。
「歌おうよ〜」
「嫌だよ」
「いいじゃん!」
「知らないし」
「いいや、わかるね。麗羅だったら」
万里が後ろで口ずさむ歌。なんとなく口にしてみたら、その先の歌詞もメロディも勝手に私の中から出てきた。
「だって私たち、双子だからね」
万里はにっこり笑った。ああ、そうだ。私の知らないことでも、万里が知っていたら私もわかるのだ。
想いを共有は出来ないけれど、知識と経験はたまに共有することかあった。知らないはずのことを知っている。
少し不思議なこの体験を、私は結構気に入っている。
「夕飯なに作ってるの?」
「わかってて歌ってたんじゃないのか?」
「ええ?」
「出来たよ」
今日の夕飯はきのこのクリームパスタ。コマーシャルで見てから作ろうと思っていたのだ。
「ああ、確かにきのこの歌もパスタの歌も歌ってたけど」
「だから作ったつもりだったんだけど」
もしかして別に食べたくはなかったのだろうか?
一瞬そう思ったのだが、万里はにっこり笑うと引き出しからフォークとスプーンを二人分取り出した。
「美味しそう!早く食べよ!」
私にフォークとスプーンを渡す。ああ、喜んでくれてよかった。
「食べようか」
私も受け取りながら笑った。
「万里」
「ん?なーに?」
口にパスタを頬張りながら万里はこちらを向いた。ほっぺが膨らんでいてハムスターみたいだ。
「食事中に歌うなよ」
「いやなんか、頭から離れなくなっちゃって」
万里は頭をかきながらそう言った。
確かに私も頭の中では二つの歌が鳴り響いていた。間抜けな歌。
「麗羅もちょっと歌いそうじゃん!」
「歌わないよ」
「いいじゃんかー!」
ぷーっとほっぺを膨らませる。今度は風船みたいに。
「しばらくはきのこもパスタもいらないか」
「そうだね〜」
頭をぐるぐるしている二つの歌を煩わしく思いながら二人でそう言った。
地上に降りてから、一人できのこのパスタを作った。
後ろで間抜けな歌を歌う万里はまだこちらに来ていない。私を先に逃がし、後から来ると言っていた。彼女は無事なのだろうか。
一人で間抜けな歌を口ずさむ。やはりどちらも知っていた。
歌とは音楽。そうだ、音はあの子の力だもの。好きに決まっているじゃないか。
買ってきたテレビというものをつける。音楽番組を探す。万里が来る前に、いくつか歌を覚えよう。そして、万里が来たら一緒に歌おう。
コマーシャルが流れる。ああ、これが歌っていたものか。
「全然違うじゃないか」
どうやらあの歌は万里がうろ覚えで適当に作っていたらしい。
聞こえないもう一つの声を恋しく想いながら、私は一人で間抜けな歌を口ずさんだ。
11300hitの時の輝芦さんからのリクエストで、『綾刀姉妹の話』でした!
設定としては、天界時代の二人と、万里合流までの一人暮らしの麗羅です。わかりますかね?
リクエストに答えるのか遅くなってしまい、大変申し訳ないと思っております。どれだけお待たせしたでしょうか……。
こんな拙い出来ではありますが、よかったら受け取りください!
素敵なリクエストありがとうございました!
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