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ウツロイウォッチ
□四


 近いよ、と緑郎が囁いた。

「ずいぶんと逃げたものですね」

 ふうと蒼真が息を整える。匂いを探りながらとはいえ俊敏に移動する疾風の能力者を追うのは、実に体力を使う。

「もっとゆっくりとは言いませんが……」
「君の体力が無いだけだよ」

 蒼真の愚痴を軽くあしらって、緑郎は周囲を注意深く見回した。
ただでさえこの暗闇、おまけに道幅の狭く、入りくんだ路地は視界が悪い。


「さて、兎はどこかな?」

 呟いた緑郎の視界の端が、わずかな気配をとらえた。
 狭いビルの間を女の後ろ姿が走り抜けていく。
長いポニーテールが跳ねる。

 見いつけた。


「へえ、あのお姉さん、自分が狙われているのを知って囮になったのかな?」

 宙を飛んで追おうとした緑郎を、蒼真が引き留めた。

「あれは僕が追いますから、君はここに残ってください」
「何で?」

 蒼真は眼鏡を押し上げ、女の走っていった方へ鋭い眼差しを向ける。

「あれは囮です」
「うん、だから……」
「おそらくは、砂塵使いの彼女の変装でしょう」

 緑郎ははっとする。

 見失わないうちに、と蒼真は足を踏み出した。

「なら、放っておいたら?」
「万が一ということもあります。それに、彼女たちの目標は神奈川のいる都庁。仲間とそちらで合流する予定になっているとしたら、それはそれで阻まないと」
「なるほど……」
「おそらく残りはしばらくしたら動きます。君は、そちらを」

 流麗に、こともなげに敵の作戦を暴いてみせる友人に、緑郎は薄く笑って頷いた。

「流石」




 やがて。

「……ご名答だね、蒼真くん」

 人影が二つ。
 息をひそめて歩いていくのが見えた。

 血の匂いがする。あの少年が一緒なのだ。
 片方はその手に、大きな別の"お荷物"を抱えている。


「姑息な計画、ご苦労様」

 うちの参謀が優秀だから無駄になっちゃったけどね。
緑郎は胸中であざける。
 気絶したお荷物が一緒だ。速くは動けまい。


「さあ、狩りの時間だ」







 逃げる少女の後ろ髪を蒼真は追う。
 やはり彼女は都庁へ向かっていた。今いる地下道の地図を頭にえがき、都庁の下に続いていることを確認する。
 そろそろ仕掛けておこう、と蒼真は腰の銃を抜いた。

「止まりなさい」

 引き金を引く。彼女の足を狙って二発。
一発が太ももを撃ち抜いた。がくりと少女の体が揺れる。
 撃たれて走れなくなった足をかばうように手をやり、少女は振り向いた。

「……かかったわね」

 ふ、と蒼真は唇を歪ませる。

「残念ですが、あなたが彼女ではないことくらい見抜いていましたよ」
「……」
「僕の仲間に、あなたのチームの残り三人を待ち伏せさせています。御愁傷様」

 酷薄な笑みを浮かべる蒼真に、彼女は目を伏せて、

「……御愁傷様」

 ひどく妖艶に笑った。


「計算違いよ、……眼鏡さん」




 間違いない。

 色のない暗がりにも鮮やかに浮かぶ、白い頭。帽子を被った奴。その手に抱えた、布に包まれた大きな。

 緑郎は音もなく上空を飛び、軽やかに彼らの眼前へ降り立った。

「どこへ行くのかなあ?」

 はっと少年たちは足を止める。

「俺から逃げられると思った? 馬鹿だねえ」

 雲が切れ、月明かりが大地に降ってきた。
 世界に色がさす。

「……?」

 違和感。
 何かが。
 何だ、この気分は。


「っはー、重かった!」

 白隆が布を巻いた"彼女"をおもむろに放り投げた。
 そんな仲間を、と息をつめるより早くそれは地に落ち、がらん、と音をさせる。
 布がずれ、鈍く光る中身が姿を見せた。

「……っ!」


 バレットL82スナイピング。
 その全長は実に、144.7cmもある。


「……残念でした」

 帽子の下からした声が、更に緑郎を驚かせた。

 帽子を手が取り去る。
 バサリ、と中におさめてあった髪が夜の空気をなぐように広がった。

 月光に反射する、長く黄色い髪。

 呆然として緑郎は呟いた。


「……何で?」


 じゃあ、
 あれは、誰なのだ?






『嘘だろ!?』

 知里の言葉に声を上げたのは白隆だった。

 知里は首をふる。


『夜で、今日は月も出ていない。 敵が私たちをちゃんと見たのは水の攻撃で吹き飛ばされたあと。 遭遇する直前も、逃げるときにも、私の砂塵が視界の邪魔をしていた。 ……だから』

 真摯な目が吹々季に向かう。


『多分あの人たち、――吹々季の存在に気づいていない』


"お姉さんをこっちにくれれば、お兄さんたち『三人』は見逃してあげてもいいよ?"

 その証拠に、彼らはこう言ったのだ。

 渡紀香。
 白隆。紫延。知里。

 吹々季は、数えられていない。


『この暗い中だから、髪の色の違いなんて見えない。私が渡紀香さんのふりをして、彼らをひきつける』
『その間に残りが、ってことか?』
『ううん。これだけじゃ絶対に甘い。だから、暗いのをもうひとつ利用して、"二人"かさましをする』

『二人?』

『だれも知らない吹々季。それと、もう一人。これは気絶した渡紀香さんに見えればいいから、その辺の布で……それに五十槌くんを加えて、"お兄さんたち三人"を作る。これも、囮』

 淡々と知里は考えを説明し、隊長、と呼んだ。

『そして、隊長は渡紀香さんを連れて都庁へ。これで裏がかけるはず』
『待って。それなら、最初の陽動は私がするわ』

 吹々季が手を上げる。白隆がぎょっとした声で異を唱えた。

『お前なにを』
『……あの眼鏡の洞察力は確かに危険だ。見覚えのない史庵の身のこなしであれば、より時間が稼げるかもしれない』

 紫延の言葉に吹々季は頷いてみせた。

『だけど』
『静かにしてよ、白隆。万一そっちがばれても知里がいれば砂で撒けるでしょ』

 私とは違って。
 ……あんたの役に立たない、私とは。


『吹々季……』

 不安げな声の知里と目があった。
 吹々季は笑顔をつくる。

『まずは何よりも渡紀香さん、よね?』

 大義名分があってよかった。







「緑郎っ……」

 とっさに蒼真は腰の無線機に手を伸ばした。
 だが無線機は彼が触れる前に凍りつく。

「させないわ」

 吹々季は踏み込み、銃を握る蒼真の手をひねりあげた。

「……まだ仲間がいたとは、迂闊でした」
「あら、そんなことないわ。不幸な偶然だもの」

 くすくすと吹々季は笑いを漏らし、空いた手を黒革のジャケットに忍ばせる。
 そのジャケットも身を隠すのに一役買っていたのだろう。蒼真は舌打ちをした。

「でも、あなたの頭脳って見事だわ。そして厄介」

 するりと吹々季は手を出す。
 その手には手榴弾が握られている。

「消えて頂ける?」


 少年がぞっと青ざめた。

「そんな、死にますよ!?こんな至近距離で……!」
「構わないわ。だって、
あなたも私も捨て駒でしょう?」


 渡紀香とはちがう。
 知里とはちがう。

 私を必要としている人なんか、いない。


「…………スイ。コオリ。 さよなら。」







手榴弾のピンが抜かれる。









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