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誇りを胸に掲げて
この世界の現状

鐘の音が町に鳴り響く。

『・・・英雄の凱旋・・・か。』

――――調査兵団が帰ってきた。


―――――――――
―――――

その日は、たまたま配達で町に降りていた。右手には配達用の籠、左手には自分とアルミン家の分の新作パンを持っている。

鼻唄を歌いながら歩いていると、耳にある音が聞こえた。

『・・・鐘の音。』

不意に聞こえた鐘の音に寄り道することを決める。

私がこちらの世界に来てはじめて居合わせる凱旋だ。
鐘の音に導かれるように大通りに向かった。

―――――――――
―――――

人の靴、馬の蹄が石畳を叩く音、代車が引かれる音が響く。

やはりこの世界に来た以上、興味がわいてしまった。群集の後ろの木箱に飛び乗り、壁の方を向く。

次の瞬間、体は固まり、目の前の光景に目を見開く。
―――――そこには凄惨な光景が広がっていた。


首から包帯を下げ、腕をつっているもの、頭に包帯を巻いているもの、腕や脚が欠けているもの。


ゆっくりと歩みを進める集団のほとんどの人がどこかに怪我を負っていて、俯いたその顔は絶望に染まっていた。

群集の避難の囁きを受けながら進む姿は痛ましく、象徴である翼のエンブレムの描かれたマントは擦り切れ、血と砂で汚れていた。


その姿は、巨人との戦闘においての圧倒的な差を見せつけられているようだった。


「なんで壁の外にわざわざ行くのかねぇ。」

「壁の中にいりゃあ安全なのに。」

壁の外に対する好奇心の無さと壁の中は安全という確証の無い安心感。

人びとに壁の外への興味を持たせず、自らも外に出ようと政策を立てない政府。
そして壁の外に出られないことに疑問を抱かず、ただ与えられた平穏で満足している人類。


―――初めてこの世界の異常さに身震いがした。


前世の記憶があるからこそこの世界に違和感を感じられずにいられない。


何故人類は子供の頃に誰もが抱いていただろう壁の外への好奇心を、探究心を忘れてしまったのだろう。

何故人類は前に進もうとしないのだろう。


―――あの壁が壊されない保障などないのに。

当てのない憤りや、訳のわからない悔しさが込み上げてくる。きつく握った手に爪が食い込む。



――――なぜ。


前に進もうとしている人間がこんなにも虐げられなければならない。


―――人間はどうしようもなく臆病だ。


唇を噛む。

画面ごしではあるけれど。
ここにいる人達より確実に
―――彼等の戦う姿を見ている。

死と隣り合わせの生活が、
敵わない脅威を前に仲間が死んでいく姿をただただみているのが、

どれだけ辛く苦しいのか。

俯いた視線の先に、自分の手元が目に入る。

アルミンの家に持っていくための新作パン。

いつか聞いた両親の台詞を思い出す。



「パンはね、誰かに安心を届けるための方法なの。辛いことがあっても、パンの温かさや柔らかさが人の心を解すのよ。」


『・・・よし』

手元のパンの袋を握りしめ、列の先頭を目指しながら走り前の群集を割り込む。
人を押しのけた勢いで前のめりになり、二、三歩進んでしまう。


すると、先頭にいた団長らしき人が歩みを止める。

相手を見上げると、そこには見覚えのある顔。

――・・・キースさんだ。

よく見ればあの見覚えのある顔がいくつかある。
あのエルヴィンさんもいた。

彼等はこれからも生き抜き、そして人類の進歩のためにその身を捧げるのだろう。

手元の袋をバッと勢いよく相手に差し出す。

相手の絶望を纏った表情が驚きに変わる。

どうしたらいいかわからない様子だが、さらにもう一度相手に差し出すと戸惑いながらも受け取ってくれた。

そして、拳を握り勢いよく左胸にあて、敬礼をする。

キースさんは目を見開き、そして泣きそうな、様々な気持ちが混ざったような顔をした。


それは数分間の出来事。







あのパンが、彼らの心を少しでも癒してくれれば、

願わくば生きる希望の一部にでもなっていればと


―――願わずにはいられない。


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あきゅろす。
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