誇りを胸に掲げて
まだ子供の彼に。
あれから一ヶ月がたった。
風邪も順調に治り、咳も止まった。肺炎になりかけていたらしいので、完治にはそれなりに時間がかかったが。
お母さんには風邪が治ってから怒られた。
「あんな雨の降っている日に井戸に飛び込まないこと!」
そんなことしてたのこの体の持ち主!!ばかか!?
なんでも井戸を覗いていたら落ちてしまったらしい。急いでお父さんが引っ張り上げたが、びしょびしょに濡れたため、案の定風邪を引いたそうだ。
普通死なないか?井戸に落ちたら。
なんてミラクルな話を聞かされた訳だが。
目の前の扉をノックし、子供らしい元気な声で呼びかける。
『すみませーん!』
すると中からパタパタと走って来る音がした。
「あら、いらっしゃい。」
中から出てきたのはカルラさんだった。
『おとどけにまいりました!』
私は手に持っている籠を渡す。
「あらあら、いつもありがとう。えらいわねぇ、ほんとに。」
『そんなことないですよ。』
いつも通りお金を受け取り、丁寧にポケットにしまう。
ちなみに、籠の中に入ってくるいるのはパンだ。
風邪の後に分かったことだが、うちはパン屋さんだった。
それなりに有名らしく、貴族も買いにくることがあるそうだ。
診てもらったお礼にパンをおすそ分けしたらいたく気に入ってくれたらしい。
そのため、時々こうして届けているのだ。
「あ、そうだ、いまジャガイモがいっぱいあるのよ。もっていって頂戴。さ、あがって。」
『え、あのっ・・・。』
カルラさんは家の奥に小走りしていってしまった。
このままここに居ても仕方ない。素直に上がらせてもらい、ドアを閉めたときだった。
「おねぇちゃん・・・?」
寝ぼけた顔で目を擦りながらこちらに男の子がやってくる。
ついさっきまで寝ていたのだろう。
うちはパン屋だから朝は割と早いのだ。
『おはよう―――エレン。』
エレン・イェーガー。
いずれ人類の希望となる少年。
彼は今3才だ。
パタパタと近寄ってきて、私に抱き着いてくる。
しかしまだ眠いのか、顔を私のお腹に埋めてくる。
――――実に可愛い。何だこの生き物は。
あざとイェーガーか!?
私はエレンの頭を撫でる。それによって安心したのか、再び寝てしまった。立ちながら。
よく寝れるな。その体勢。
「じゃあこれもってってね・・・て、あらあら、エレンったら。」
カルラさんがジャガイモを手に戻ってきた。エレンを引きはがされると、麻袋を渡された。
「アルトちゃんごめんなさいね。エレン、ほら、起きなさい。アルトちゃんを見送らないと。」
『またね、エレン。』
ドアの少し外に出て、振り返り小さく手を振る。
「おねぇちゃん・・・ばいばい。」
エレンもまた振り返してくれた。可愛い。ものすごく。
そのまま石垣を上り、町の外れまでいく。
上を向くと太陽が昇っていて、眩しいため目の上に手をかざす。
太陽はどこの世界でも変わらず昇る。
何が起きようとも。
何が変わろうとも。
今の私が願うことは。
出来ることなら彼が今を幸せに感じていますように。
この思い出が後で幸せな思い出だったと思えますように。
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