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立海
驟雨
『っはぁ、ハアっ・・・』

急に降り出した雨。
最悪だ、天気予報にはなかったのに。

鞄を頭の上に翳し、何とか視界を確保する。風邪を引かないよう家路を急ぐ。

ふいに人影に気づき足を止める。どうやら閉まっている店の軒先に雨宿りしているようだった。

ふんわりとしていたはずの藍色の髪が濡れたせいか、少しストレートになっている。

「・・・月影じゃないか。君も雨宿りしなよ。」

あいにく、家はここからそう遠くはなかった。しかし、急ぐ用もない。せっかく誘ってくれているのだから。

数秒考え、彼の隣に立つことにした。

「急に降ってきたね。」

雨が降る様子を見ながら、話しかけてくる。

『そうだね。すぐに止むといいけど。』
空を見上げながら返す。

「多分にわか雨だから、そのうち止むと思うよ。」
相手も空を見上げながら応えた。

相手――・・・幸村精市はクラスメイトだ。テニス部で部長をやっている、有名人だ。何でもテニスがすごく強いらしく、あと二人を加えて三強なんて呼ばれている。

そんな彼とは同じクラスながら関わりもあまりなく。むしろ相手が私を知ってることに驚いたぐらいだ。

当然話す話題もそう多くなく、すぐに沈黙が走る。雨の降る様子を眺めながらぼぉっとしていた。

「はい、これ。」

いきなり視界が白くなり驚く。目の前のものを見ると、タオルだった。

「まだ使ってないやつだから大丈夫だよ。」

どうやら驚いてなにも反応しなかったのを私が使用済かどうか疑っているように思ったらしい。

本当に貸してもらっていいのか、と相手を見ると、

「もう一個あるから。」
そういって鞄の中からもう一つのタオルを取り出す。
『・・・そう。わかった、借りるね。』

借りたタオルで軽く頭を拭く。拭きながら、幸村をちらりと見る。

相手も軽く濡れているところを拭いていた。

『・・・どうかした?』

相手をぼぉっと見ながら問う。

「えっ?」

まさかそんなふうに話し掛けられるとは思ってなかったのか、驚きながら顔を向ける。

『あ、いや、なんか暗い顔してるように見えたから。』
若干無意識だったため、素直に答える。

相手はそう聞き、苦笑いしながら応えた。
「あーそうかな。・・・実は雨あんまり好きじゃないんだ。」

相手の濁すような答えかたに引っ掛かりを感じながらも、言葉を返す。

『そう。奇遇だね。私も雨はあんまり好きじゃないの。・・・転ぶから。』

相手は私の返答に驚いたようで、目を丸くしている。
「・・・転ぶの?」

『・・・ほら、梅雨とかもう廊下とか階段って滑りやすくなってるじゃない。・・・必ず一回は転ぶんだよねー。』

嘘じゃないんだな、これが。

「・・・ぷっ、あはははははっ!!!!」

幸村がお腹を抱えて笑っている。そんなに面白いことを言った覚えがない。

『・・・なんで笑うのさ。』
だんだん自分が言ったことが恥ずかしくなってきた。
「い、いや、月影の口からそんな台詞が出てくるとは思わなくて。」
応えながらも笑っている。
『・・・もういいでしょ。』
結構の間笑ってたよ。幸村。

「あー、うん。そうだね。俺も雨は嫌いなんだ。
―――・・・入院中のことを思い出させるから。」

『入院』という言葉に反応する。まさか、そのことについて言ってくるとは思わなかった。
――私みたいな他人に触れられたくない話題だと思ったのに。

「入院中に雨が降ったことがあってね。その時はもうこの病室から出られないんじゃないかって思ってて。ただでさえ暗い気分だったのに、雨のせいで余計に暗くなったんだ。」

遠くを見つめ、なにかを思い出しているように話している。
確かにどんよりとした雨空は暗い気持ちにさせる。

・・・でも。

『今、幸村は病室の外で雨を見てる。・・・それなら、外で雨を見ていられることに喜びを感じてもいいんじゃない?』

暗い気分を思い出すのではなく、以前見た時との状況の違いを感じた方がいいに決まっている。

病室の窓から見えるのとは違う雨の景色を、

病室じゃない、好きなところで雨を見れるという状況を、

『・・・楽しんでもいいんじゃない。』

次第に雨音が弱まり、晴れてきた。

「・・・。」

ぼぉっとしている幸村に話し掛ける。

『本当ににわか雨だったみたいね。晴れてよかった。』

・・・そろそろ帰ろう。

店の軒先から一歩外にでる。道路に出来た水溜まりが太陽の光を反射して光っていた。

『このタオルは洗って返すよ。』
タオルを畳みながら、相手の様子を伺う。

「・・・、ああ。ありがとう。」
幸村は弱く微笑んでそういった。

『こちらこそ、タオル貸してくれてありがとう。じゃあ。』

家路につこうとした時だった。

「・・・っ月影!」

名前を呼ばれ振り返る。

「・・・ありがとう。ほんとに、ありがとう。」

そういって微笑んだ顔は、本当に綺麗で明るかった。
『う、うん、どういたしまして?』
なににたいしてお礼を言われたのかよく分かってないけど。

『あ、月並みになっちゃうけど・・・頑張って。応援してるから。』

「ああ・・・。応援ありがとう。」

今度こそ、手を振り、家路についた。

雨上がりの空には虹が一つ掛かっていた。

――雨の日も悪くないかもしれない。

・・・もちろん、借りたタオルも普段使わない香り付きの柔軟剤を使って洗った。
さて、どうやって返そうか。




『幸村。』
「ああ、タオルか。洗ってくれてありがとう。」
『いや、貸してくれてありがとう。おかげで風邪ひかなかったし。』
「それはよかったよ。」

「――そうだ月影」

『何?』

「君のおかげで雨を好きになれそうだよ。」

『それはよかった。』


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あきゅろす。
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