見透かされる瞳 マダムレッドさんと劉さんは仕事上なのかよく屋敷に来る。その中でいつも私が気になっていること、劉さんといつも一緒にいて膝の上に乗っている綺麗な女の人の存在。全くといえるほど寡黙なひとで常に劉さんの傍にいる。劉さんの特別なひと、なのかな。 紅茶を運びに行くといつも定位置の膝の上。普通の人にここまで許すなんてそうない、と思う。今日も綺麗。 私も…私もあんな風にセバスチャンさんの膝の上に…「…*」 「*、大丈夫ですか?」 「あ、え?わ!す、すみません、ぼぅっとしちゃって」 運び終わったのに立ち尽くしている*を不思議に思って声をかけると、顔を真っ赤にしてそそくさと出ていってしまった。一体何を考えていたのか。さっきまで*がいた視線の先を見る。 …まさか、ねぇ…。 慌てて厨房に戻り夕食の下準備をする為に包丁とじゃがいもを持ち、皮を剥く。静かな空間にしょりしょりという規則的な音だけ響く。 どれだけ頭の中がセバスチャンさんでいっぱいなんだろう…馬鹿みたいに結局あの告白からまんまと策に嵌り、ずるずると引っ張られるようにセバスチャンさんを好きになって、仕事中までそんな、考えちゃうなんて。本人に知られたらどんな事を言われるか。 黙々と下拵えを続けていく内にまた頭の中で考えてしまう彼のこと。 セバスチャンさんはいつも余裕で、私がわたわたするのを面白そうに眺めて楽しんでいる。そんな彼を私と同じくらい私のことで頭がいっぱいにしてみたくて、ときどき挑戦してみるが尽く裏目に出るので諦めた。 きっとセバスチャンさんは私を好きにならせておいて、それほど私のことを好きではないのだろうという答えに落ち着いた。だからあんな風に余裕でいられる。溜息をついて、ゴミ箱に捨てられた皮を眺める。いつかはこのゴミのように私もセバスチャンにいらないと言われる日が来るのだろうか。そもそも彼は人間ではなく悪魔。私には悪魔と違って儚く短い命。彼はまだまだこれから沢山の人間と出会い、気に入った人間と契約を何度も交わすのだろう。そして死ぬまで仕える事を繰り返し、その間にも誰かを好きになるのかもしれない。 また一つ溜息をつく。セバスチャンにいつも独占欲が強いと感じていたけれど、自分も相当独占欲が強いと気付かされる。セバスチャンと出会ってから色々気付かされることが増えた。そして三度目の溜息をついたとき 「あまり溜息ばかりついていると幸せが逃げてしまいますよ?」 後ろから声。私を悩ませる声。 振り向かずに 「何でもないです」 うまく今は笑えそうもないので、俯いて作業を続けながら答える。うまく剥けず、皮と一緒にくっついた中身が流し台に落ちる。 「貴女の何でもない、は信用できないんですよね」 肩を強く引かれ、強制的に振り向かされ頬に手を添えられた。有無を言わさない強い瞳でどうしたのか答えを求められ、言葉がぽろぽろ零れる。 「セバスチャンさんは、私が死んだ後も、ずっと生きてまた…誰かを」 言葉が詰まる。答えを聞きたい、聞きたくない。葛藤が渦を巻いて頭の中を支配する。しかし、あっさりと返答は返ってきた。一番残酷な答え。 「そうですね、また誰かを好きになるかもしれませんね」 本人に直接言われるとやはり覚悟していてもショックは大きい。仕方ないことと頭では分かっていても涙腺が勝手に緩む。視界が、霞む。私が死んだ後の話なのだから、今は私を好いてくれているのだからそれでいいのに、どんどんセバスチャンが見えなくなる。 「ですが、好きになる人はもう決まっています。」 意味が分からず、怪訝な表情を浮かべたまま顔を上げると溢れた涙は耐え切れずに落ちていく。 「もしまた誰かを好きになるとしたら貴女の生まれ変わりでしょうね」 その言葉を聞いて、準備で綺麗にしてあるトマトと同じくらい顔が赤くなるのがわかる。どうしていつもいつもセバスチャンは私の悩みを払拭する答えを言ってくれるのだろう。 返事が出来ずに口を開いては閉じを繰り返している間にまだまだ決壊している涙腺から溢れる涙を掬い、私の髪やこめかみ、瞼、頬、鼻にキスを落としていく。その行動は更に私から言葉を奪っていく。 最後に唇に触れる程度のキスをした後 「必ず見つけ出してまた私の事を好きになってもらいますよ」 どれだけ貴女を愛したか、一から教えるのも悪くないですね。 「さて」 暫く見つめ合った後、突然言葉と共にぐいっと引き寄せられる。隙間なく密着する形になり、我に返って離れようともがいてみれば余計にぎゅうと背中に回った腕に痛いほど締め付けられた。 「…ッ、セバスチャンさん!」 抗議の声を上げるが何を考えているのかそのまま椅子に座る。急に座ったのでバランスを崩して片膝が乗っかる状態になる。 「!」 顔を上げればしてやったりな表情を浮かべるセバスチャン。 「予想通りでしたね」 「な、何が、ですか」 まさか。 「こうしてほしかったんでしょう?」 「…!!」 ばれていたなんて。 確かにあのとき少し長く眺めてはいたけれど、それだけで気付くなんて。どんな観察力をしているのか。 「*の考えなどお見通しですよ」 腰に腕を回され、傾くのを防ぐ為自然肩に手を置く。自分がこの状態になってから物凄く恥ずかしいものと知る。 「何か思う事があったら一人で悩まずにすぐに私に相談しなさい」 耳元で囁かれ、こくりと頷けばまた唇が降りてきて、空いている腕で頭を撫でられた。 (嗚呼、貴女の事になるとこんなにもかき乱されて余裕がなくなることを貴女は知らないのですね) |