リジーやマダムからいつも服やらアクセサリーを貰ってばかりで、こちらからも何かお返しをしないとと思い立ち、街へ買い出しのついでに少し渡すプレゼントの目星をつけようと店をまわることにした。
ドレス、は流石に高かったので帽子やリボン、靴あたりを探してみる。それでも貴族が身に付けるものとなると値が張りなかなか二人分買うとなると足りない。
値段だけメモして店を後にし屋敷に戻るとセバスチャンさんが玄関からちょうど出てきたところで買ってきたものを手渡す。しかし渡してからメモも袋の中に入れたことを思い出し慌てて声をかける。
「あ、すみません、袋の中に紙を入れたままで」
ごそごそと袋からメモを取り出してもらった。
「有難うございます」
「何か買いたいものでもあったんですか?」
「あ、いえ、私のものじゃないんです」
「?」
訝しむセバスチャンさんに苦笑を漏らしながら屋敷に入りどうしようかと考える。まだ給金が入るまで日があり、でもなるべく早く渡したい。何とか他にアルバイトでも出来ればいいのだけど。
非番の日に街へ出掛けるとよく行く店の窓にちょうどいい貼り紙が貼ってあった。
「アルバイト募集、週1、4時間から、日払い可」
これなら休みの日に入れば給金日前にプレゼントが出来そう。早速店に入りまだ募集しているか店主さんに聞いてみると二つ返事でOKをもらってしまった。
そこまではラッキーくらいにしか考えていなかったのだけど。
「あの…これって着ないとまずいですか?」
「一応うちの制服になるからね、それで今セール中だから外で呼び込みをしてほしいんだ」
まさか制服がこんなにもふりふりのレースのついた可愛らしい制服と思ってもいなかったので手に服を持ったまま逡巡する。店主さんをちらりと見るとにこにこと有無を言わせない様子でこちらを見ている。
そもそも他の店員さんは普通の制服なのに何故私だけピンクの膝まであるドレスのような服なのか。
疑問は尽きないけれど悩んでいても仕方がないので着替えて外に立ちセールの看板を持って呼び込みを開始することにした。
休みの日は朝早くから街へ必ず行く*の姿が気になり始めたシエルは仕事に関しては誰よりも完璧な黒い執事に問い掛けた。
「最近*は休みの度に街へ出掛けているようだが?」
「そのようですね、私も詳しくは存じませんが買物ではないですか?」
「以前は1日屋敷内でのんびり過ごす日もあっただろう」
「そうですね…」
確かに最近は休みに屋敷にいることは皆無のようで外へ出かけているせいか少し疲れているように見えなくもない。まるで休んでいないような…坊ちゃんが気になるのも頷ける。
「気になるようでしたらお調べしますが?」
「…僕が命令しなくともお前は調べるだろう?」
そういう目をしている、と続ける主に肯定の笑みを向ければ半目で睨まれ溜息を吐いた。
「只今店内の商品全て半額セール中でーす!アクセサリーから雑貨、お洋服全て半額でーす」
呼び込みの甲斐あって店内は大盛況で嬉しく思いながらまた呼び込みを再開する。今日まで頑張れば二人分のプレゼントをするくらいのお金が貯まると考えると力が入る。
最初の内は恥ずかしかったこの制服も慣れてしまえばそんなに気にするほどもなくなり、寧ろ可愛い服なのでこんな事もなければそう着れないし、たまにはいいかなと思うようになった。
鼻歌を歌いながら呼び込み続けていると、見覚えのある人が歩いているのが見えてとっさに身を隠し通り過ぎるのを待った。
仕事中のはずの人が街をうろうろしていることに疑問を抱きながら陰から窺う。どうやら何か、もしくは誰かを探しているようでしきりにきょろきょろしている。
こんな姿見つかったら恥ずかしいし、何を言われるかわからない。早くいなくなってくれるよう願いながら見ていると、一瞬目が合いそうになり隠れる。少し間をおいてそうっと同じ場所を見るといなくなっていて、ほっと胸を撫で下ろす。
「良かった…」
「何が良かったんですか?」
息を吐いて呟いた瞬間に後ろから声をかけられ、息が詰まる。恐る恐る振り返るとさっきまで見ていた張本人で、驚きとこの姿を見られたくない気持ちで頭は混乱するばかり。兎も角ひらひらの服だけは隠さないとと持っていた看板で隠してみるものの、もう見られた後では空しいだけで。逃げ出したくて仕方なくて、でも腕を掴まれていてそれは叶わない。
「あ、の離して、下さい…仕事中なので」
それだけ伝えると腕を振って離すように促す。しかし繋がれた手は離れることはなく余計にきつく握られて痛みに顔を顰める。
「最近ずっと休みの日はその格好でここで働いていたんですか?」
笑顔で問われているはずなのに背中には冷たい汗が伝う。特に怒らせるようなことはしていないはずなのに、何故こんなにも目の前の人は目が笑っていないのだろうか。
「そう、ですけど」
「…」
長い溜息を吐き、漸く腕の力が緩んだ。掴まれていた右腕をさすりながら様子を窺うと、一人でぶつぶつ呟きだしている。
「…ごめんなさい」
何に怒っているかは全くわからないけれど怒っているのは間違いないのでとりあえず謝ると、よくわからずに謝られてもと皮肉が返ってきて思わずむっとする。
「だってわからないんだから仕方ないじゃないですか、ただ休みの日に仕事を入れていただけですよ?これのどこにセバスチャンさんが怒る要素があるって言う
んですか?」
「…その格好」
「…っ、この格好が何か」
似合わないとでも言うんでしょうがそれは自分が一番よくわかってます。文句があるなら着せた店主さんに言って頂きたい。
「ほぅ、店主が…」
ギロリと効果音がつくような刺すような瞳で店の方を見据え、またぼそりと何か呟いた。
「その格好は似合ってます、それはもう似合いすぎるほどです」
「そんな社交辞令はいいですから」
「事実ですよ、他の男共の視線に気がつかなかったんですか?その証拠に店は女性が身につけるものをメインとしているのにも関わらず店内は似つかわしい男ばかり」
ほら、と店内を見せられると確かに男性が多い。でもそれだけじゃ信じられない。セール中だから女性にプレゼントするつもりで入っている可能性だって充分に考えられる。
「わかってないですね、というより相当鈍いですね」
「そこまで言われると流石に傷つくんですが」
「この機会にもう少しご自分のことを理解して頂きたいと思って申し上げているのですよ」
「…」
「アルバイトなど貴女には必要ないでしょう?給金は充分だと思いますが?」
「私だけなら勿論充分すぎるほど頂いてます」
ならば何故?と問うセバスチャンさんに事情を話すと本日何度目かの溜息を吐く。
「あの方々は好意でプレゼントをしているのですから、*が身を粉にしてまでお返しをする必要はないんですよ?」
寧ろそんな事望んでいないでしょうし。
「…」
「それでもあげたいと思うところは貴女らしいですがね」
ふー、と息を吐いた後、私をそのままに店内へと入っていくので後を追って中に入ると店主さんと何か話をしていた。近寄ると話はもうついたとばかりに着替えてきなさいと告げられる。意味がわからず店主さんを見ると顔が青い。一体どんな話をしたのか気になるがセバスチャンさんに背中を押され、渋々着替え挨拶をして店を後にする。
せっかくプレゼントを買って帰れると思っていただけにショックは隠しきれず、意気消沈しているとセバスチャンさんはずんずんと私の手を引っ張り屋敷とは違う方向へと進む。
やっと足を止めたところはチェックしていたお店で、思わず顔を上げる。
「プレゼントを買う予定のお店はここでしょう?」
「え、はい…でもどうして」
ぴらりと紙を一枚取り出して見せた。
「その紙私のメモ…!」
ポケットに入れておいたはずなのに、いつの間に。
「さ、買ってらっしゃい」
メモと一緒にお金の入った封筒を渡される。
「このお金…給金?」
「ええ、貴女が働いた分ですよ」
さっき話している間にこれまでもらっていたなんて、と渡された封筒とセバスチャンさんを交互に見てからお店に入る。
封筒の中のお金は意外にも多く、お釣りが来るほどで買い物は済んだ。喜んでもらえるといいなと袋を胸に抱きながら店を出るとすぐに腕を引かれて屋敷への道を歩き出す。
「あ、の…ッ」
まだ怒ってますかと聞こうとしたが、既に背中が物語っている、不機嫌は続いているらしい。次の言葉はそのまま飲み込みしばらく沈黙のまま腕を引かれるままに歩く。屋敷が見えてくる所まで進むとやっと話し出してほっとする。ただ、その内容はまた理由がよくわからないものですぐに頷くことは出来なかった。
「これから私に黙って仕事をする事は許しません」
「え」
「あんな格好で人前に出るなど言語道断です」
「えっと…」
よくわからないけれどもしかして。でもまさか。私にそんな感情を思うわけはない。彼は人じゃない、悪魔だから。でも。
頭の中でもしかして、でも、と何回も繰り返しながらセバスチャンに意味がわからないといった表情を向けると、まだ顔は険しい。
「悪魔でも嫉妬くらいします」
貴女に逢うまではそんな事も知りませんでしたが、と付け加えるセバスチャンさんの顔は夕焼けのせいだけでなく、ほんのり赤くなっているように見えた。
今度はセバスチャンさんのプレゼントを考えて驚かせたいななんて思い、
「…サプライズの為にやっぱりこっそりするかも」
とつい声に出してぽつりと漏らせば、逸らしていた顔を眼前まで近付けてその時は覚悟して下さいねといつもの紅茶色の瞳ではなく真紅の瞳で脅され、悪魔の微笑みのまま口付けられた。
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