朝早い時間、始業時間より少し前、いそいそと着替えをしている時に突然ドアがバーンと大きな音で開き夢と現実を彷徨う頭の中は一気に現実へ傾いた。心臓もその一瞬でフル稼働しだしドアへと反射的に振り返る。
ドアの方を確認する前に誰かに体当たりされて床に後頭部をぶつけながら倒れて痛みとくらくらする頭で覆い被さっている人を確認し驚く。
「え、リジー?」
こんな朝早くからこの屋敷に来るなんて何かよっぽどな理由があるのかとリジーを起き上がらせてから自分も起きる。目をきらきらと輝かせながら此方を見ているリジーに嫌な予感を感じながらもとりあえず来訪の用件を聞いてみるとその質問を待っていたかのように言葉が次から次へと可愛らしい口から飛び出す。
「今日はね!マダムの友人が主催をする大きな大きなパーティが開かれるの!シエルは多分手紙が届いてるはずだけど読んでないわね。でも今日はそれは盛大なパーティだからいろんな人が来るのよ。だからシエルにとっても商談とかいろいろそういう幅を広げるのにいい機会と思って誘いに来たの!そ、れ、で!」
坊ちゃんにとって有益なパーティということはこのマシンガントークでよくわかったけれどまだ続きがあるらしい。若干目の輝きが濃くなったように見える。この先を聞いてはいけないようなそんな気さえ起こる。しかし止める前にリジーは喋り始めてしまった。
「*も今回は一緒に行きましょ!」
「…へ?」
「だから!一緒にパーティ!行きましょうよ!」
「で、でも私には仕事がありますし」
「今日くらいいいじゃない、他のみんなが留守番しっかりしてくれるわ!」
「使用人の身でパーティなんて行けないのでは…?」
あまりその辺りの身分については知識が乏しいのでよくわからないけれどいつもメイリン達が一緒に着いていかない事から普通は行かないものなのだろうと認識していた。
「あら、そんなのバレなければいいのよ!沢山人も集まるからわからないわ」
「そうかもしれないですが、マナーとかそういったものも私わかりませんし」
「大丈夫!私がついてるからもし食べたいものがあったりどこか行きたかったら私が一緒に行くから、ね?」
だから行きましょうよ〜とまだ着替え途中の私に諾というまで離れない勢いで言葉を飛ばす。
「ええと…じゃ、じゃあ坊ちゃんやセバスチャンがいいといったら行きますよ」
きっと二人ならばどちらかがダメと言ってリジーを諭してくれるはずと思い提案するとあっさり離れあっという間に二人の元へ走って行った。
「あ、朝から元気ね」
羨ましいほど快活なリジーに圧倒されながらも始業時間が近い事に気付き慌てて着替えを再開した。
「駄目です」
その言葉にほっとする。やっぱりセバスチャンさんが止めてくれた。
「*がパーティに行った日にはどうなるか…何も知らない*に言い寄りつけこむ男だらけの巣窟にわざわざ私が放り出すような真似するはずがないでしょう。*はお留守番です」
…そういう理由なんですか、使用人だからとかじゃないんですか…。
何はともあれ免れて一安心する。パーティに全く興味ないと言っては嘘になってしまうけれど、ドレス姿の綺麗な人たちを見てみたいというのもあるけれど、パーティの御馳走も気になるけれど…正直行ってみたい気持ちの方が強かったりするけれどここでは使用人だし諦めなくちゃ。それにパーティとなるとあのドレスを着なくてはならないし。
頭で納得させて、リジーがまだ不服そうに坊ちゃんに詰めより坊ちゃんはそれに対し諦めろというように首を横に振るのを見て、もうこの場にいる必要はなくなったと思い部屋を出ようとドアへ踵を返すと開ける前にそれは朝と同じように勢いよく開き驚いたまま固まる。
「あらっ*じゃない!丁度良かったわ、今日は貴女も来なさいよ?」
「ぇ」
「だってせっかくあげたドレスも着なければ宝の持ち腐れになっちゃうじゃない」
「そ、それはそうなんですが…私は使用人ですしセバスチャンさんも駄目と…」
「今日は主催が私の知り合いだからそこら辺は甘いから大丈夫よ、ばれなきゃ平気」
リジーと同じ事を言った後セバスチャンをちらりと見て
「というわけで夜は借りるわ、いいわねセバスチャン」
強い口調でマダムがセバスチャンを見据えながらにっこり微笑み問えばセバスチャンは少しの間の後答える。
「…えぇ」
努めて笑顔で返答しているが内心不服そうなのがわかる。承諾を得たマダムが此方を向き直り戸惑う私にもにこりと微笑み最後の追いこみの言葉をかける。
「*だってパーティ行きたくないわけじゃないでしょ?」
ウィンクとともに言われればただ頷くだけ。
頷いた瞬間どこかで舌打ちする音がしたけれどパーティに行ける事が占めていて悪い気はしたけれど聞こえなかったことにした。
洋服箪笥を開けてずらりと並ぶドレスを見てどれにしようかと一つずつゆっくり確認していく。つい勢いに気圧されて頷いてしまったけれどドレスを着なくてはいけない事を忘れていた。似合わないのに増えゆく一方のそれに溜息を吐いた。
どの服も貰った時に着せられて以来袖を通していないものばかり。さすがにドレスで屋敷内を歩くわけにもいかず箪笥にずっとしまっていた。
「ど、どうしよう‥」
箪笥の前で膨大な服を眺めて固まる。そこに後ろから腕が伸びドレスのひとつを取り出した。
「これはいかがですか?」
リボンが袖にあしらわれていて可愛いオレンジのドレスを胸に当てて鏡の前に立たされる。
後ろからただ服を当てられ、鏡越しに見つめられているだけなのにそれだけで何故だか妙に気恥ずかしくて早口でこれにします、とだけ告げて鏡の前から離れるとクスリと笑われてしまう。
「いつまでたっても慣れませんね」
「慣れる人がいたら見てみたいです」
「普通は多少なりとも慣れが出てくると思いますが」
「…」
それには答えずに着替えの為にカーテンを引く。
後ろに立たれるだけで心臓が過剰労働をしてしまうんだから慣れるなんて夢のまた夢。やっと最近突然声をかけられる事に慣れたばかりなのに…。
悶々と考えながらドレスを着ていると後ろのファスナーに手が届かない事に気がつく。そういえば着せてもらうときいつもマダムが後ろを閉めてくれていたんだった。
何とか届かないものかと色々試してみるも半分くらいしか閉まらず鏡を睨む。
「*、着替えましたか?」
カーテンを開けても大丈夫でしょうか?と声がかかり慌ててま、まだです…!と返事をしてまた鏡に映ったファスナーを睨む。何だかだるまさんがころんだみたい。
ここはマダムを呼ぶしかない、けどセバスチャンさんが素直に呼んでくれるかどうか。ただこのまま待たせているのも悪いしやはり呼んでくれるかどうかはわからないけれどお願いするしかない。
「セバスチャンさん、あの、マダムを呼んで来て頂きたいんですが」
「おや、ファスナーが閉まりませんか?」
「!…は、はい」
答えると同時にカーテンが開き本日三回目の石化状態になる。
「私が何のために此処にいたと思っているんです?」
「あ、あああの、恥ずかし」
「今更じゃないですか、ねぇ*?」
「…っ」
ファスナーを上げて正面を向けさせられ耳元でよくお似合いです、と低い甘い声で囁かれ熱は耳に集中する。
「さ、行きましょう」
悩みはあっという間に強制解決されてくらくらしながら黒い背中の後を追った。
さぁ、踊ろう!
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