ひとつ、ふたつ、幸せが溢れた 屋敷で働く事になってすぐの事。 私はセバスチャンさんに頼まれた場所の掃除をしていて、自分なりに綺麗になった事を確認してから部屋を出て左右に長く伸びた物音一つしない静かな廊下を見て固まった。 私はどっちから来ただろうか。最初にセバスチャンさんに屋敷内を案内されたけれどあまりにも広すぎる中を全て把握することは自分には不可能だった。その場は適当に受け流して取り繕ったが、今それを後悔する羽目になってしまった。 とりあえず、歩いていれば何かしら思い出せる場所に辿り着けるかもしれないと思い歩き出す。廊下は延々と続き、等間隔にドアが続く。曲がり角にすら到達しない。このまま歩いてずっと誰にも会えなかったらどうしようかと不安に襲われる。 今までだって一人だった。友人と学校で過ごす楽しい日々。でも帰り道には結局友人と別れ一人夕日の色した道を歩き、部屋に帰っても出迎えてくれる人はおろか電気すらついていない。自分の中の冷たく淋しい気持ちに包まれる前にテレビをつけて一番盛り上がっていそうな番組に変えて、孤独を紛らわす。 一人には慣れている。 だからこの廊下がどんなに長く続いていたって大丈夫。…大丈夫なはず、なのに不安はどんどん自分を侵食していくような感覚が募っていくのは何故? 触れてしまったから?あの温かい歓迎と温もりを思い出してしまったから?両親と祖母がいなくなってからずっと私にはなかったもの。 「平気、だったのに」 此処に着てまだ日は浅いのにメイリンやみんなに優しくされて一人じゃない日々に少しずつ慣れてきて孤独ではなくなった。こんな気持ちでもし元の世界に戻れてしまったら。 「何が平気だったんですか、*?」 「きゃ!」 音もなく背後に現れたセバスチャンに驚きを隠せず目を見開く。さっきまで誰もいなかったのにいつの間にか目の前にいる存在に心臓がなかなか落ち着いてくれない。 「も、脅かさないで下さい」 「幽霊だと思いましたか?」 「そういうわけじゃ…」 くつりと笑う目の前の男にムッとしつつ睨むと頭を撫でられた。 「それでは迷った、とか?」 図星をさされて目を逸らすとまた笑い声が聞こえる。 「その様子では当たり、ですね」 此方ですよ、と歩き出したセバスチャンの後を後ろからついていくとだんだんとみんなの声が聞こえてきた。 「うわああん、セバスチャンさんどこ行っちゃったんですかー!庭が、庭がー!!」 「あー!メイリンまた洗濯物だめにしたんだろ、セバスチャンに怒られっぞ!」 「わー!言わないでおいてほしいネ!このまま洗濯もう一回すればバレな…!せ、セバ…!!」 「ほう、私にばれないと思っていたんですかメイリン」 「す、すすすみませんですだ!ごめんなさいですだー!!」 「一体どうしたんだ!煩いぞ…!」 慌てふためく三人とお茶を飲んで楽しそうに見つめているタナカさん、そしてその騒ぎに駆けつけた坊ちゃん。安心する、みんながいるだけなのに。ずっとこのまま此処にいたい。いつか戻り方がわかったとしても、このまま此処に居させてほしい。わがままだけど、それでも。 「*、一緒に手伝って下さい」 「は、はい!」 ぼうっと眺めていた私にセバスチャンさんが此方を向いて声をかける。私がこの家にいることが許され受け入れてくれている。人によっては小さい事だけど凄く嬉しく、幸せに思う。 私もこの輪に入れる今が幸せ。此処に来てしまった原因はまだわからないけれど、今は連れてきてくれた何かに感謝したい。 ひとつ、ふたつ、幸せが溢れた title 惑星 |