お付き合い、するようになって生まれて初めてデートなるものをすることになってしまいました。
非番の日に街に出掛けに行きましょうかとセバスチャンさんから提案され、前にもらった懐中時計のお礼もこっそり出来るかもと思い二つ返事で了承したのが始まり。暫く経ってよくよく考えた結果付き合っているのだからこれはデート…になるんだよね。
でもセバスチャンさんはあまり意識して言った訳じゃなさそうだし、期待しても…
…て、何考えて!仕事しなきゃ、と踵を返し、持ち場に戻ろうとすると思わぬ声がかかる。
「デートするだか?」
「きゃー!」
デートと言う言葉に反応して思わず叫ぶ。
「*、声に全部出てただよ?」
「嘘…!」
顔を真っ青にさせてあわあわする*ににやりと人の悪い笑顔を見せ爆弾を投下する。
「セバスチャンさんとだね」
眼鏡を光らせフフフと呟きながら詰め寄るメイリンはとても怖い。
「う、でもデートとは違う、と思うんです」
デートと直接言われたわけではないですし、必要な物を買いに行くだけだと…そう!
「きっと買い出しの荷物係ですよ!」
「それならフィニの方が適役ネ」
「う、確かに…」
フィニはとんでもない力持ちだから、どれだけ重たいものを買ったとしても一人で持てそう。あんなに細いのに、どこからあの力は出てくるんだろう。セバスチャンさんは細いけど元が悪魔で執事さんだから別格。
「じゃ、やっぱりデートアルね、出かける日は私がお洒落してあげるだよー、*」
うふふーと顔を赤くさせ、口元を緩ませながら楽しみだーと呟きながら洗濯場へとスキップしていくメイリンを見えなくなるまでただただ呆然と眺めた。
「私よりも楽しみみたい」
ぼそりと呟く声は誰にも聞かれることなく廊下に霧散した。
「*ー!起きるだよー!」
ばふばふと布団を叩かれ引っぺがされ入りこむ冬の寒い空気に思わず身震いし、そっと目を開けると満面の笑みを浮かべるメイリンが目の前にいた。
「え?メイリン?」
いつもならばセバスチャンさんか私が起こしに行かなければ起きないメイリンが私を起こしている事実に驚く。もしかして私が寝坊してしまったのだろうかと焦って飛び起き時計を見る。時間は6時を少し回ったところでいつも起きる時間より少し早い位。考えてみれば今日は休みだから起こされる理由がない。
思わず頭の上に?マークを浮かべながらメイリンを見やると手には櫛と化粧品。
「今日はセバスチャンと出かける日ネ!というわけでお洒落の手伝いに来ただよ」
約束したネ!と私を起こし、ぐいぐいと洗面所へ引っ張る。メイリンはやはりメイドとして一応勉強しているのだろう。普段は失敗が多いが髪を整えたり、お化粧の仕方などとても上手で、瞬く間に準備は完了した。髪にはピンクのリボンが結われ、服はリボンに合わせて薄いピンクの膝までのワンピース。靴はアリスが履きそうな黒の革靴。何だか可愛らしすぎないだろうか、とメイリンをちらと見ると輝いた目と合った。
「後はこの上にコートネ」
水色のコートを羽織り、白いマフラーを巻いてはい完成と微笑むメイリン。全身鏡でまじまじと自分を見る。普段そんなに化粧なんてしない為、何だか自分じゃないような感覚。
「凄く似合ってるだよ」
そのまま背中を押され部屋を出て鞄を渡される。メイリンは非番ではないので「頑張るだよ!」と強く言った後廊下を走って行った。
外へ出ると既にセバスチャンさんが玄関に佇んでいて、私が焦って走り寄ると振り返り甘い笑顔で迎えてくれた。
「*、今日は随分可愛らしい格好ですね」
「メイリンに手伝ってもらって」
「なるほど、それでですか」
顎に手を当て上から下まで紅茶色の瞳が嘗めるように見つめてきて見られている事に恥ずかしさを覚え顔に熱が集まる。
「あ、あの、あんまり見ないで下さい」
「おや、*の着飾った姿もそう見れるものじゃないですからしっかり見ておかないと、ね」
「も、もう…早く行きましょう!」
その視線から一刻も早く外れたくて先を歩きだすことにした。後ろからまた同じ視線で見られている事に気付かないまま。
街に出て賑わいを見せる商店街が並ぶ場所まで来ると、前と同じように様々な誘惑される商品が沢山売られていた。しかし今日は懐中時計のお礼を買うという目的も含まれているため、むやみやたらに自分の物を買うわけにはいかない。
セバスチャンさんは猫が好きとあの黒猫の存在を知ってわかっている。つまり猫関係の物を渡せば、例え人が作ったものでも少なくとも興味くらいは持ってもらえるかもしれないと考えている。
とりあえず暫くお昼ぐらいまでは街をぶらぶらする事になった為、その間にしっかり猫の品物をチェックして店の名前をこっそりメモする。
午後、お昼も食べ終えて向かった先はファントムハイヴ家御用達らしい洋服のお店。中へ入ると高級そうなドレスや外出用の服がずらりと並んでいる。
「*はマダムからよくパーティ用のドレスを頂いているかと思いますが、普段外出する際に着るものはあまり持っていないでしょう?」
確かにマダムから頂いた服はパーティに行く時用の服が殆どで外出用の服は二、三枚あるかないか。とはいっても街に出かける事はあまりなく、出かけてもメイド服でそのまま行って帰って来る為必要不可欠なものではなかった。
「持ってなくても特には困らなかったので…」
「そうですね、今までは」
「え?」
「これからは必要でしょう?」
意味が分からず、疑問を浮かべた表情で見ると、耳に手を添えられて囁かれる。
「これから私とデートする機会も増えますから、ね?」
「…っ」
デートと直接言われ、心臓が五月蠅く聞こえてしまうのではないかというくらい鳴り響く。その様子を満足げに眺め、合いそうな服を持たせて試着するように促す。持たされた服を見て拒否の意を示そうとするが有無を言わさぬ瞳に負けすごすごとカーテンを閉めた。
少しして躊躇いがちにカーテンから顔を覗かせる。渡した服はどれも似合っていたが殆どスカートの丈が短かった為他の男に見られるのが気に食わないと考え、丈の長いものだけ購入する事にした。お金を、と財布を取り出す*をやんわり断り、支払いを済ませる。
それが不服だったのか、服が入った袋を持ったままじろっと睨まれた。
「それではその代わりはこれでいいですよ」
と唇に触れるだけのキスを落とす。それでも*の表情は変わらない。
「お昼もそうやって言いくるめたでしょう」
「さすがに同じ手は二度も食わないですか。でもそれなら何故顔が赤いんでしょうねぇ」
「それとこれとは別でしょう…!」
むーと頬を膨らませながら隣を歩きだす*が可愛くて思わず吹き出すと何で笑うんですか、とまた怒られてしまった。そしてお手洗い行ってきますからここで待ってて下さいと告げ、膨れっ面のまま歩いて行った。
お手洗いまでとりあえず歩き、セバスチャンが見てないのを確認してさっきチェックしたお店へ走る。一番気になった猫の形をした小さな置時計を素早く買って鞄に隠し、何事もなかったように戻った。息を切らしているのを突かれお手洗いが空いてなくて少し遠くまで行ってきたと笑いながら誤魔化した。
その後、セバスチャンさんが行きたい所があるとの事なのでついていく。その途中、すれ違ったカップルの二人が手を繋ぎ歩いているのを見て、自分の手とセバスチャンの手を交互に見る。
繋いでも、いいかな。じっとセバスチャンさんの手を見て自分の手と重ねようとすると、不意にそれは離れた。慌てて見上げると着きましたよ、と声がかかった。
そこは街を一望できる丘。日も落ちてくる夕方の街並みは一言で言い表せないほどの綺麗な風景で目を奪われる。
「わぁ…凄い」
思わず感嘆の声を上げ、セバスチャンを見る。
「今日は有難うございました、一日が凄く短く感じられて、あっという間でしたけどとっても楽しかったです」
「…っ、私もですよ」
「…!」
二人とも夕日に照らされた笑顔にお互い心を奪われてしまい、言葉に詰まる。
*が固まっているとセバスチャンが徐に抱きしめてきてそのままキスを落とす。先程と違うのは触れるだけではなく全て絡め取られるような深いキス。それはセバスチャンが満足するまで続いた。
夕日が傾き紫に変わっていく頃、漸く密着していた身体は少しだけ離れ、声がかかった。
「そろそろ…帰りましょうか、風も冷たくなってきましたし」
「あ、はい」
踵を返したセバスチャンの背中を見つめてから視線を手にずらす。意を決して手を繋ごうと手を伸ばすと逆に伸ばした手を引っ張られた。
思いがけない事に赤い顔を更に赤くさせて俯く。
手から心臓の音が聞こえてしまいそうで更に恥ずかしい。上からくすりと笑う声がしたが顔が上げられなかった。
「また、一緒に出かけましょうね」
返事の代わりに頭を一つ縦に動かすとまたクス、と笑う声。そして繋いでいた手が形を変えた。
「!」
所謂恋人繋ぎ。
今なら脳でお湯を沸騰させられると断言できるほど熱が集中している。それは家に着くころになっても取れず会話もどこか遠くでしていた。
玄関まで辿り着き、もう一度今日の御礼を告げて買った物を渡す。
「これは、私に、ですか?」
「はい、大したものではないんですが」
「有難うございます、大切にしますね」
喜んでもらえた様子にほっと胸を撫で下ろし、顔が熱いままセバスチャンを見て告げる。
「あの、セバスチャンさん…また、連れて行って下さい」
その言葉に更に笑みを深くして
「何度でもどこへでも連れて行きますよ、貴女が望むなら」
一緒にいこう 行き先は、貴女しだい
title 惑星
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