空を見上げると眩しすぎる太陽、快晴。冬じゃなければぽかぽかなのだろうけれど太陽が出ていても寒い。庭での掃除は一枚羽織らなくては寒くてやってられないほど。マフラーに顔を埋めてひたすら庭の雪を一箇所に纏めて、やっと少し道が出来た。
あの日、想いを伝えたとき、セバスチャンさんは自分はヒトじゃないと私に告げたけれど一体ヒトじゃなければ何なんだろう。多少完璧すぎるけど見た目は完全に人間。何となく口振りからはあまりよくはない存在みたいで。みんなは知ってるのかな…でもみんなの様子からするとあの4人は知らなそう。唯一坊ちゃんは知ってそうだけどやっぱり聞くのは野暮。
その内、話してくれるよね。
庭での雪かきを終えた後、本特有の匂いが立ちこめる中一人黙々と書庫を整理しているとセバスチャンさんが入ってきた。
「*」
言い忘れてました、と近付き話しかける。
「先日の続きで私の事なんですが、私が何であるか言わなかったでしょう?」
そして耳元で続ける。
私は坊ちゃんと契約している身で此処にいる悪魔です、と。
心の中を読んだんじゃと言うくらいまさに気になっていた事を、こうもあっさりと世間話のように言われてしまうとは思っても見なかった為、準備というものが全くされていない脳に直接その事実を叩きつけられ咄嗟に出てきた言葉は
「へ?」
と何とも間抜けな一言。
「ですから、人間ではないと申したでしょう?私は人間の魂を食べる悪魔なんですよ」
普通ならば重々しい話になりそうなものなのに当人はその場にそぐわないにこにことした笑顔でさらりと話す。
「まぁ*は気にしないと仰いましたから今更ではあるんですが」
確かに外見も中身も黒いし、人間離れした完璧さなど悪魔と言われても不思議はない、けれど今までの世界に伝説の存在だったものが現実に目の前にいる事に多少なりとも驚く。
ただその事実よりも先程の言葉が気になった。契約しているという事は
「じゃ、じゃあシエル様は…」
「最後には魂を頂きます」
「! …そう、ですか…」
それしか言えなかった。悪魔を呼び出す事情なんてよっぽどの事がない限り有り得ない。何も信じられなくなった絶望があったのかもしれない。まだ12歳なのに大人びているのはきっとその証拠。
私も
死にたくなるほどの絶望を感じた経験はあるけれど、きっと彼はそんな生温いものではないそれ以上の何かを知ってしまったのかも…
悪魔に縋らなければならないほどの何かを。
「*」
正体がわかったと同時に坊ちゃんの苦しみを少し知り、思わず自分と重ねてしまい蓋をしていたものが開きかける気がして視線を落としぎゅっと目を瞑ると頭を撫でる感触。
「貴女が気に病むことではないんです、全ては坊ちゃんが選んだだけの事」
「でも…!」
反論しようとしたが口元に人差し指を置かれて次に言う言葉を呑み込まされた。まだ12歳の少年が抱える重圧は名前と契約。一人で支えるには重すぎる。
これ以上私に考える事をさせない為か、セバスチャンさんはにっこりと微笑み
「さぁ、書庫はまた後にして夕食の準備を手伝って頂けますか?」
「…は、はい」
人伝に坊ちゃんの事を聞いてしまって、どういう目で本人を見たらいいかわからない。今まで何も知らなかったからどんな顔をしていたかも思い出せない。今坊ちゃんを見たら確実に同情、憐れみの瞳で見てしまう気がして夕食の準備を終えた後はすぐに一旦部屋に戻った。
あの時の私も周りからそういう風に見られてきたからそんな目で見てほしくない事くらいわかる。
両親が亡くなった日に喪服の大人たちが私を見る目を思い出す。子供だからわからないと思ったのか非難する声。
その場にいたくなくて誰もいなくなったお墓の前で座る私にそっと声をかけてくれた人。
誰だったっけ…黒い服のひと。みんな喪服だったから黒くて当たり前なんだけど…そう、こんな風に優しく頭を撫でてくれて……
…え?
目を覚ますと暗い部屋で私の頭を撫でたり髪を梳いたりする手の感触。
「セバ、スチャンさん?」
目が慣れてきて部屋の中が見えるようになると傍にセバスチャンさんがいる事に気が付いた。
「*、大丈夫ですか?」
「え、あ、私いつの間に寝ちゃって」
まだ書庫の整頓が終わっていないのにうたた寝をしてしまった。慌てて跳ね起きて書庫に足を向けようとしたが、腕を掴まれて阻まれる。
「もう今日は遅いですからそのまま休んで下さい。また明日続きをお願いします」
懐中時計で時間を見せながら告げられる。時間は23時を過ぎていた。少ししか寝ていない感覚だったのに随分夢の中だったようだ。
頭を撫でていた手は頬を滑り、目尻に触れた。何度も往復して優しく撫でられ
「怖い夢でも見ましたか、それともまだ気にしていたんですか?」
「どうして」
「泣いた跡があります」
そう述べてもう泣いてないのに目尻に口づけられる。その仕草に何故だか悲しい気持ちが溢れて涙が流れた。
「おや、止めるつもりが余計に逆効果でしたね」
「両方…」
夢の内容はあまり覚えていないけれど、昔の私を見た気がした。優しく頭を撫でられる内にまた眠気がやってきてそのまま身を任せた。
「貴女はいつ思い出してくれるんでしょうね」
そう呟く声を聞くものはいない。
コンコン。
「入れ」
「坊ちゃん」
「*、どうしたんだ?」
にこーっと笑顔で入ってくる*を見ると手にはお饅頭らしきものが。
「沢山作ったので坊ちゃんにもお裾分けです」
セバスチャンさんには内緒なのでばれないように気をつけて下さいね、と付け足して部屋を後にする。
良かった、今日は今まで通り話せた。大丈夫、いつか坊ちゃんが自分から話してくれるその日まで私は何も知らない。坊ちゃんの前では悲しい顔なんてしてはいけない。
廊下を走る*の後ろ姿をセバスチャンは紅い瞳で見つめていた。
そして私は再び暗い記憶に蓋をする
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