01-2
イシュヴァルトの予想とは違い、執務室の備品は、揺れる前の状態から少しも変化していなかったのである。あれだけの揺れにも関わらず、机の上のインク壺も、書類も、椅子も、燭台も──傾いで倒れた椅子さえも、僅かの動きもなかった。
先程の出来事が嘘だったかのうように、それらはそこに当たり前のように在った。
軽く混乱しながらも、城壁を窓越しに眺めると、消えた筈の篝火が全て灯っていた。警備の兵が灯したにしては早すぎる。
「──どうなっているんだ……?」
思わず呟く。
有り得ない現状に、思考がついていかなくなりそうだ。
混乱しかけた頭を抱えていると、重々しい扉を叩く音が、執務室に響いた。
「入れ」
「失礼致します、陛下」
入って来たのは、宰相のクレウィーアだった。
腰までの長い髪をひとつに纏め、背後に垂らしている。
やわらかな雰囲気を醸し出す瞳は、揺らぐことなくイシュヴァルトに向いていた。
「お怪我はございませんでしたか?」
「ああ、私は何事もない。城内、城下への被害の調査は?」
「揺れがおさまった時点で兵を出しましたので、順次報告が上がって参ります」
流石に仕事が早い。
国王不在の場合、王妃が居ないこの国の采配は、宰相が揮う事になる。これくらいの判断を下せるのは当然と言えば当然だった。
「──そうか」
イシュヴァルトの微妙な口調の変化を、クレウィーアは感じ取った。
「何か、気になる事でもございましたか?」
「変だと思わないか?」
イシュヴァルトの指差す執務机を見て、クレウィーアは頷く。
「私の部屋も同様でしたし、夜警の者からも幾つも報告がありました。揺れが始まると同時に、消えた筈の篝火が、何もしないのに再び灯ったと」
やはり、あれはイシュヴァルトの見間違いではなかったのだ。
「あれだけの揺れに対して、城への被害はなし、か……」
「おそらくは、城下の被害も皆無でしょう」
報告が上がって来ない限りはっきりとは言えないが、間違いないだろうと二人は睨んでいた。
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